令和6年11月 4日作成
BA.2.86とその下位系統の初期リスク評価、2023年11月21日
要約
BA.2.86は複数の国で報告されており、その有病率は世界的に緩やかに増加している。しかし、入手可能な限られた証拠に基づき、BA.2.86がもたらす公衆衛生上のリスクは、現在のところ世界レベルで低いと評価されている。現在の世界的な集団免疫は、この変異体に対して、特に重篤な疾患に対して高い交差免疫を維持しているが、症候性疾患に対しても高い交差免疫を維持しているため、この変異型の出現によって各国の公衆衛生システムの負担が増大する可能性は低い。BA.2.86は2023年8月17日に監視対象変異体(VUM:variant under monitoring)に分類され、更新された情報に基づき、BA.2.86とその下位系統(JN.1を含む)は現在、要注意変異体(VOI:variant of interest)に分類されている。
BA.2.86とその下位系統の初期リスク評価、2023年11月21日
BA.2.86はBA.2の子孫系統であり、最も古いサンプルは2023年7月24日に採取された(1)。この変異体とその子孫系統はスパイク蛋白質に多数の突然変異がある;イスラエルとデンマークから最初に報告されたBA.2.86の遺伝子配列は、BA.2に対して34個ものアミノ酸置換があり、XBB.1.5(更新されたCOVID-19ワクチンに推奨された株[2])に対して36個のアミノ酸置換があった。 BA.2およびXBB.1.5に対するBA.2.86変異体におけるスパイク蛋白アミノ酸の突然変異の数は、SARS-CoV-2指標株に対する最初のオミクロン株における突然変異の数に匹敵する。BA.2.86は2023年8月17日にVUMに指定された(3)。
2023年11月20日現在、GISAID(1)に提出された46カ国からのBA.2.86の遺伝子配列は3,267件で、疫学週間第44週(2023年10月30日~11月5日)における世界的に利用可能な遺伝子配列の8.9%に相当する。BA.2.86 の遺伝子配列で最も多いのはイギリス(19.7%、643配列)であり、以下フランス(11.9%、389配列)、スウェーデン(10.7%、351配列)、スペイン(7.8%、254配列)、カナダ(6.8%、223配列)、デンマーク(6.6%、215配列)、アメリカ合衆国(6.3%、208配列)である。
世界的に見ると、BA.2.86の陽性報告の割合は緩やかではあるが着実に増加しており、疫学的調査第44週の世界的有病率は8.9%であった(表1)。これは、4週間前に報告されたデータ(第40週、2023年10月2日から8日)から大幅に増加しており、この時、BA.2.86の世界的有病率(prevalence)は1.8%であった。
表1:SARS-CoV-2変異体の世界的な割合(proportions)、2023年第40週から第44週まで
系統 | 国§ | 配列§ | 2023-40 | 2023-41 | 2023-42 | 2023-43 | 2023-44 |
VOIs(要注意変異体) | |||||||
XBB.1.5* | 128 | 308,614 | 8.5 | 8.2 | 8.3 | 7.2 | 8.3 |
XBB.1.16* | 117 | 94,914 | 15.9 | 14.0 | 12.4 | 9.8 | 8.2 |
EG.5* | 89 | 104,423 | 47.0 | 50.2 | 50.9 | 51.9 | 51.6 |
BA.2.86* | 41 | 3,109 | 1.8 | 2.8 | 4.1 | 6.4 | 8.9 |
VUMs(監視対象変異体) | |||||||
DV.7* | 38 | 3,887 | 1.8 | 1.8 | 1.7 | 1.9 | 1.9 |
XBB* | 142 | 88,309 | 3.4 | 2.9 | 2.7 | 2.8 | 2.3 |
XBB.1.9.1* | 118 | 80,383 | 9.5 | 8.0 | 8.0 | 7.0 | 6.4 |
XBB.1.9.2* | 95 | 36,685 | 2.4 | 2.3 | 1.8 | 2.1 | 1.9 |
XBB.2.3* | 104 | 31,394 | 6.0 | 5.6 | 5.2 | 4.9 | 3.7 |
Unassigned | 95 | 152,256 | 0.5 | 1.4 | 2.5 | 3.6 | 4.5 |
Other+ | 211 | 6,785,691 | 3.0 | 2.6 | 2.3 | 2.2 | 2.2 |
以下の表2は、BA.2.86の子孫系統と、スパイク蛋白および他の蛋白質におけるBA.2.86と関連する追加変異(additional mutations)を示している。BA.2.86の顕著な子孫系統はJN.1(BA.2.86 + S:L455S)で、疫学調査第44週における世界的な割合は3.2%であった。
表2: BA.2.86の子孫系統と突然変異
変異体 | 親系統 |
BA.2.86の スパイク蛋白の追加変異 |
BA.2.86に関連する他の蛋白質の追加変異 |
BA.2.86 | BA.2 | NA | NA |
BA.2.86.1 | BA.2.86 | None | ORF1a:K1973R |
JN.1 | BA.2.86.1 | S:L455S | ORF1a:F499L, ORF1a:K1973R, ORF1a:R3821K, ORF7b:F19L |
JN.2 | BA.2.86.1 | None | ORF1a:Y621C, ORF1a:K1973R |
JN.3 | BA.2.86.1 | None | ORF1a:K1973R, ORF1a:T2087I |
BA.2.86.2 | BA.2.86 | None | ORF7a:E22D |
BA.2.86.3 | BA.2.86 | None | None |
JQ.1 | BA.2.86.3 | S:T95I | ORF1a:D1742N |
集団の免疫力は世界的に不均一なままである。それは、SARS-CoV-2の変異型が世界中に分布し、ワクチン接種率が異なるためである。そのため、BA.2.86の免疫逃避の可能性は、検査された集団の免疫背景に大きく依存することになる。この重要な注意点を念頭に置くと、BA.2.86の免疫逃避は、同時に分布している変異体と比較すると限定的であり、オミクロンがデルタを背景に出現した時ほど広範囲ではないようである(4-6)。 オミクロン・ブレイクスルー感染(XBBを含む)を起こした患者の血清は、BA.2.86に対して強固な中和活性を示した。このことから、今後接種されるXBB.1.5の一価ワクチンは、既存のB細胞の増加を誘発することで、さらなる防御をもたらす可能性が示唆されている(7-8)。そのB細胞は、BA.2.86とその子孫系統に対する交差防御を強化するだろう。
重要なことに、T細胞記憶はBA.2.86に対して高い持続性と交差免疫を示すことが報告されている(9)。このことは、BA.2.86感染による重症化に対して持続的な防御があることを示唆している。このような防御はT細胞記憶と関連している(10)。報告されたBA.2.86の症例に関する初期の観察では、他のオミクロン下位系統と比較して、この変異体の臨床像の変化や重症度の増加は示唆されていない(11)。フランスからの予備データでも、年齢、性別、症状、その他の危険因子に関する点において、BA.2.86との違いは示唆されていない(12)。
WHOとSARS-CoV-2進化に関する技術諮問グループ(TAG-VE)は、加盟国が特定の行動を優先するよう引き続き勧告する。 それは、BA.2.86の抗体逃避と重症度に関する不確実性によりよく対処するためである。推奨されるスケジュールは概算であり、各国の能力によって異なる:
WHOとそのCOVID-19ワクチン組成に関する技術諮問グループ(TAG-CO-VAC)は、COVID-19ワクチンの性能に対する変異型の影響を定期的に評価し続ける(2)。それは、ワクチン組成の更新に関する決定に情報を提供するためである。
以下のリスク評価はWHOの枠組み(13)に従い、現在入手可能な証拠に基づいている。より多くの証拠や更に他からの国からのデータが入手可能になれば、定期的に改訂される予定である。
総合的なリスク評価: 低い |
その遺伝的特徴から、BA.2.86は特定の環境において、これまでの免疫を回避する何らかの抗原的優位性を持っている可能性がある。現段階で入手可能な限られたデータでは、BA.2.86が、現在流行している他のオミクロンの子孫系統と比較して、公衆衛生に新たなリスクをもたらすという証拠はない。BA.2.86は感染症の急増を引き起こす可能性はあるが、関連する疾患の重症度が他の流行している変異体と比較して高くなるという兆候は今のところない。リスク評価は、より多くの証拠が得られ次第、更新される予定である。 | ||
使用指標 | 証拠 | リスク度 |
信頼度 |
増加優位性 Growth advantage |
現在、46カ国から3,267件のBA.2.86の遺伝子配列が入手可能であり、疫学調査第44週(10月30日から2023年11月5日まで)における世界全体の入手可能な遺伝子配列の8.9%に相当する。 配列数が少ないため、WHOの内部の変異体増加率分析法(variant growth rate analysis method)を用いても、増加優位性(growth advantage)を確実に推定することはできない。
しかし、BA.2.86の世界的な割合は、疫学調査第40週(2023年10月2日~8日)の1.8%から、疫学調査第44週(2023年10月30日~11月5日)の8.9%へと着実に増加している。
同様に、BA.2.86の遺伝子配列決定の割合が最も高い国々では、これらの国々におけるBA.2.86の有病率は、イギリスでは3.6%から14.2%へ、フランスでは3.1%から13.8%へ、スウェーデンでは5.5%から12.0%へと上昇した。
BA.2.86は、XBB.1.5やEG.5と比較して、HEK293T-hACE2細胞への低い感染性(シュードウイルス(pseudovirus))を示すことが報告されているが、生ウイルス実験(live virus experiments)では、XBB.1.5に対する細胞培養でのウイルス特性においてそのような違いは確認されなかった(6)。
* 詳しくは脚注を参照 |
低い | 低い |
抗体逃避 Antibody escape |
いくつかの研究では、BA.2.86はXBBのブレークスルー感染(BTI)や再感染から回復期の血漿を回避する可能性が示されている(4-5,14)。しかし、他の研究では、オミクロンのブレークスルー感染(XBBを含む)に罹患した患者の血清が、BA.2.86に対して強固な中和活性を示したことから、今後予定されているXBB.1.5の一価ワクチンが、さらなる防御をもたらす可能性が示唆された(2)。
一般的に、同時に流行している変異体に対するBA.2.86の免疫逃避は、オミクロンがデルタの背景で出現した時ほど広範囲ではないようだ。
さらに、T細胞記憶は持続性が高く、変異の進んだBA.2.86に対しても交差免疫を示すことが報告されている(10)。
** 詳しくは脚注を参照。 |
中程度 | 中程度 |
重症度と臨床的/診断的考察 Severity and clinical/diagnostic considerations |
報告されたBA.2.86症例の初期観察では、その疾患の臨床像の変化や重症度の増加は示唆されていない(11)。しかし、現在のところデータは限られている。
BA.2.86は、臨床的に重要なモノクローナル抗体であるEvusheld、Bebtelovimab、Sotrovimabに対して耐性を示すことが報告されている(12)。
*** 詳しくは脚注を参照。 |
低い | 低い |
付録:
* 増加優位性(Growth advantage)
危険度:低い。他の同時期に流行している変異体が収束変異(convergent mutations)を有しているためである。 また、その割合も同様に増加しているため。
信頼性: 低い。増加優位性(growth advantage)は、限られたデータしかなく、いくつかの環境でしか推定できないからである。
** 抗体逃避(Antibody escape)
危険度:中等度。BA.2.86は、XBB.1.5と同様の免疫回避能を有すると推定されるため。XBB.1.5は、以前に世界的に優勢であった変異体であり、有病率が50%を超えてピークに達していた。
信頼性:中程度免疫。免疫逃避特性は、シュードウイルス(pseudoviruses)や生ウイルスを用いた研究から推測されている。一方、試験された集団の免疫背景によって違いはあるが、ほとんどの研究が、以下の点で一致している。BA.2.86の免疫逃避は、同時流行の変異体と比較すると限定的であり、オミクロンがデルタの背景で出現した時ほど広範囲には及ばない。異なる集団の免疫背景を持つ環境における抗体逃避のリスクをさらに評価するためには、世界の様々な地域での実験室レベルでの追加研究が必要であろう。
*** 重症度と臨床的考察
危険度:低い。現在のところ、この変異型に関連して疾患の重症度が上昇したという報告はない。
信頼性:低い。WHOの全地域担当者、各国およびパートナー間で定期的な調整とデータ共有が行われているが、WHOへの新規入院およびICUデータの報告は大幅に減少している。それ故に、この報告の減少による重症例の解釈には注意が必要である。さらに、この変異が臨床結果に及ぼす影響をさらに評価するためには、さらなる研究が必要であろう。
参考文献
1. GISAID. Available from: https://gisaid.org/hcov19-variants/
2. World Health Organization Technical Advisory Group on COVID-19 Vaccine Composition. Available from:
https://www.who.int/news/item/18-05-2023-statement-on-the-antigen-composition-of-covid-19-vaccines
3. WHO. Tracking SARS-CoV-2 variants. Available from: https://www.who.int/activities/tracking-SARS-CoV-2-variants/
4. Sheward DJ, Yang Y, Westerberg M, Oling S, Muschiol S, Sato K, et al. Sensitivity of the SARS-CoV-2 BA.2.86 variant to prevailing neutralizing antibody responses. Lancet Infect Dis.
2023;23(11): e462-e463.
https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00588-1
5. Yang S, Yu Y, Jian F, Song W, Yisimayi A, Chen X et al. Antigenicity and infectivity characterization of SARS-CoV-2 BA.2.86. Lancet Infect Dis. 2023;23(11):e457-e459.
https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00573-X
6. Khan K, Lustig G, Reedoy K, Jule Z, Romer C, Karim F, et al. Evolution and neutralization escape of the SARS-CoV-2 BA.2.86 subvariant. medRxiv. 2023.
https://doi.org/10.1101/2023.09.08.23295250
7. Wang Q, Guo Y, Liu L, Schwanz LT, Li Z, Nair MS et al. Antigenicity and receptor affinity of SARS-CoV-2 BA.2.86 spike. Nature. 2023.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06750-w
8. Willett BJ, Logan N, Scott S, Davis C, McSorley T, Asamaphan P et al. Omicron BA.2.86 cross-neutralising activity in community sera from the UK. Lancet. 2023.
https://doi.org/10.1016/S0140-6736(23)02397-8
9. Nesamari R, Omondi MA, Hoft MA, Ngomti A, Baguma R, Nkayi AA et al. Post-pandemic memory T-cell response to SARS-CoV-2 is durable, broadly targeted and cross-reactive to hypermutated
BA.2.86. medRxiv. 2023.
https://doi.org/10.1101/2023.10.28.23297714
10. Sette A, Sidney J, Crotty S. T Cell Responses to SARS-CoV-2. Annual Review of Immunology.2023;41:343-373.
https://doi.org/10.1146/annurev-immunol-101721-061120
11. Reeve L, Tessier E, Trindall A, Abdul Aziz N, Andrew N, Futschik M et al. High attack rate in a large care home outbreak of SARS-CoV-2 BA.2.86, East of England, August 2023. Eurosurveillance.
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12. Sante Publique France. Analyse de risque sur les variants émergents du SARS-CoV-2 réalisée conjointement par Santé publique France et le CNR Virus des infections respiratoires. 2023.
Available from:
https://www.santepubliquefrance.fr/media/files/01-maladies-et-traumatismes/maladies-et-infections-respiratoires/infection-a-coronavirus/analyse-de-risque-liee-aux-variants-emergents-de-sars-cov-2-13-11-23
13. WHO. SARS-CoV-2 variant risk evaluation, 30 August 2023. Available from :
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14. Bladh O, Greilert-Norin N, Havervall S, Marking U, Aguilera K, Alm JJ et al. Mucosal and Serum Antibodies 3 weeks after symptomatic BA.2.86 infection. N Engl J Med. 2023;389:1626-1628.
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