令和5年12月30日公開
ここでは、ウイルス学で言う「分離」の定義について議論する。
「分離」は次のように定義できる。
【定義①】分離とは、培養細胞の細胞変性効果を確認すること。
したがって、「病原ウイルスを分離する。」と表現した場合、次のような意味合いになる。
「病原ウイルスを含んでいる前提の検体(懸濁液)を接種した培養細胞に細胞変性効果があらわれることを確認する。」
ここで、細胞変性効果とは次のような意味である。
細胞変性効果とは、細胞が分解され死滅する現象のこと。
したがって、分離の定義を分かりやすく表現すると次のようになる。
【定義①’】分離とは、培養細胞が分解され死滅する現象を確認すること。
では、なぜ上記のように定義できるのかについて議論する。
大阪市立環境科学研究所の久保英明氏は次のように述べている⁽¹⁾。
おもに定点医療機関において採取された患者検体が、その感染症名(診断名)の情報と共に当課に搬入される。この検体を培養細胞に接種し、まず病原ウイルスの分離試験を行う。検体を接種された培養細胞に対して、一定期間(通常1~2週間)の顕微鏡下観察を行い、培養細胞の形態に変化(細胞変性効果:CPE)の認められた場合に、病原ウイルス分離陽性と判定する。
このことから、分離成功とは、つまり分離陽性とは「培養細胞に細胞変性効果が認められること」であることが分かる。したがって、分離とは細胞変性効果を確認することであることが分かる。
また、山形県衛生研究所は令和3年8月9日付けの問い合わせに、同年同月13日付けで次のように回答している。
「ウイルス分離」について、山形県衛生研究所では患者様の検査材料から培養細胞を
用いて培養を行い、SARS-CoV-2に限らず、ウイルス特有の細胞変性効果が認められた
場合に「分離」としています。
このように、山形県衛生研究所も「培養細胞を用いて培養を行い」「細胞変性効果が認められた場合」を「分離」と呼んでいる。
さて、ウイルス学でいう「分離」の意味について考えてきたが、一般的な意味についても議論してみることにする。大辞林には次のように書かれている。
このように、ウイルス学でいう「分離」と一般的な「分離」の意味は大きく異なる。
「細胞変性効果を確認すること」と、「目的の成分と他の成分を分けること」とは意味として大きな隔たりがある。なぜ、細胞変性効果が分けることにつながるのかについて考察してみたい。
ウイルス学者は「分離」で何がしたいのかと言えば、病原ウイルスが存在することを示したいのである。病原ウイルスに限らず、懸濁液の中に目的の成分が存在することを示したければ、目的の成分と他の成分を分ければよい。すなわち分離すればよいのである。発想はそこからきているはずだ。
では、なぜ細胞変性効果の確認が病原ウイルスの存在を示すことになるのかと言えば、「基礎知識」「3 単離以外の存在証明不可能性」で述べたように、ウイルス学では次の仮説があるからである。
【仮説②】細胞変性効果の原因は病原ウイルスの増殖である。
この仮説の真偽については後ほど考察したいと考えるが、とりあえずこの真偽は脇に置き、この【仮説②】より、細胞変性効果が認められるならば、その原因は病原ウイルスの増殖なのであるから、必ずそこには病原ウイルスが存在すると考えられる。したがって、ウイルス学者は、病原ウイルスの増殖、すなわち「培養」を行うことで、病原ウイルスの存在を確認しているのである。
以上より、病原ウイルスの存在を確認するという目的において、「細胞変性効果の確認」と「目的の成分と他の成分を分ける」ことが一致するので、ウイルス学では「培養」を「分離」と呼んでいると考える。
繰り返しになるが、ウイルス学でいう「分離」と一般の「分離」にはその用語の意味において大きな隔たりが存在する。特に培養の工程では、病原ウイルス粒子と他の成分を分けることはしていない。
その証拠に、東京都健康安全研究センターは令和3年7月1日付けの問い合わせに、同年同月2日付けで以下のように回答している。
ここでいう「分離」とは、閉じられた系(例えば試験管)の中で、特定の微生物が「優先的に増えている」、「大多数になっている」状況を指します。
更に、同年同月6日付けの問い合わせに、同年同月同日付けで次のように回答している。ただし、質問が明確になるように引用する。太字は筆者によるものである。
質問1
分離とは、目的の微生物が閉じられた系で優先的に増えているとのことですが、優先的に増えていることをどのようにして知るのでしょうか?例えば、細胞に抗生物質などをかけた場合、エクソソームなど細胞由来の粒子が排出されると思いますが、目的のウイルスが細胞から排出された細胞由来の粒子よりも多いことをどのように証明するのですか?
回答
ウイルスの分離操作の中では、細胞由来の成分を含め、検出対象とするウイルス以外の成分は「培地成分(バックグラウンド)」として考えます。故に「単離」ではなく「分離」との表現になります。
以上のことから、細胞変性効果が認められた後も懸濁液のままであることが分かる。しかも、「みなす」という全く恣意的な非科学的手法で、懸濁液中に病原ウイルス粒子が優先的に増えていると主張している。この主張の真偽についても後ほど考察したいと考えるが、実験等に基づかない憶測で判断する、これがウイルス学の特徴である。
それはさておき、ウイルス学でいう「分離」は一般的な「分離」の意味とかけ離れており、ウイルス学でのこの定義を知らない門外漢に誤解を招きやすい。したがって、病原ウイルス粒子と他の物質を分けるという意味で用語「分離」を使用すると議論がすれ違うため、用語「単離」を使用するべきである。
ここでは、ウイルス学でいう「分離」の定義を示した。ウイルス研究者による論文や回答から、その正しさを示した。このことから、ウイルス学でいう「分離」が一般的な「分離」の意味と乖離しており、その問題点を指摘した。
参考文献