有馬裁判控訴審判決文

マスク着用困難教師隔離命課損害賠償請求事件

  • 以下の判決文において個人情報保護を考慮して適宜書き換えている。書き換えた部分を「」で示す。
  • 有馬ジキ(以下、控訴人)が事実と異なると思われる部分を「」で示す。
  • 控訴人が疑問を感じた部分を「」で示す。

 


令和6年10月16日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(行コ)第4号 損害賠償請求控訴事件
口頭弁論終結日 令和6年7月8日

判決

山形県

控訴人(1審原告) 有馬ジキ

 

山形市松波2丁目8番1号

被控訴人(1審被告) 山形県
同代表者知事       吉村美栄子

同訴訟代理人弁護士  峯田典明

 

主文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決主文第2項を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、100万円支払え。

第2 事案の概要

1 事案の要旨(以下、略称等は、原則として原判決のそれによる。)

 本件は、山形県立米沢養護学校(本件学校)の教諭である控訴人が、新型コロナウイルスの感染症対策としての着用は無意味であるにもかかわらず、本件学校の校長から、マスクの着用による感染症対策を取らないことを理由に本件命課を受け、クラス担任を外されるなどしたことが違法であるなどと主張して、1審被告山形県教育委員会に、①マスクの着脱は個々人の判断によるものであること及び感染症対策に起因する差別的対応を禁ずすることを山形県内全教職員に周知徹底するよう義務付けることを求めるとともに、被控訴人に対し、②控訴人が、意に反する感染症対策を拒否することができる地位にあることの確認、及び③国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として100万円の支払を求める事案である。

2 原判決及び本件控訴

 原判決は、本件のうち、前記1①の請求に係る訴えについて、これは非申請型義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項1号)であると解されるところ、控訴人が義務付けを求める行為は、同項本文の「処分」には当たらないとして、同②の請求に係る訴えについて、被控訴人は、新型コロナウイルスの5類感染症への移行後の現時点においては、控訴人が意に反する感染症対策を拒否することができる地位にあることを争っていないから、控訴人の地位に不安や危険が生じているとはいえず、確認の利益を欠くとして、これらの訴えをいずれも不適法であるとして却下し、また、同③の請求について、本件学校の校長が、控訴人に対し、クラス担任から外れ、教育活動補助業務に従事することを命じたこと(本件命課)が、裁量権の範囲から逸脱又はその濫用にあたるということはできないとして、控訴人の請求を棄却した。

 控訴人は、前記1③の請求に係る敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。したがって、当審における審理の対象は、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の可否である。

3 前提事実及び争点等(当事者の主張を含む。)

 以下のとおり補正し、後記4のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第2 事実の概要」(以下「原判決第2」という。)の2、3(2)及び4(2)(ただし、6貢21行目の冒頭から26行目の末尾までを除く。)のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

(1)3貢1行目の「特別支援学校である」の次に「(甲21)」を加える。

(2)3頁2行目の「公共団体」から3行目の「組織である。」までを「地方公共団体であり、山形県教育委員会は、山形県内の特別支援学校の管理並びに教育、学術及び文化に関する事務の管理及び執行等を行う組織である。」に改める。

(3)3頁24行目の「同方針」の次に「(ただし、令和3年4月23日の変更後のもの)」を加える。

(4)3頁25行目の「致死率」を「肺炎の発生頻度」に改める。

(5)4頁2行目から3行目にかけての「エアゾル(微細に分散した霧)の吸入、」を削る。

(6)4頁13行目の「校長」の前に「本件学校の」を加え、14行目から15行目にかけての「という」を「といい、同日当時の本件学校の校長を「本件校長」、その前任の校長を「元校長」ということがある。)」に改める。

(7)4頁23行目、24行目の「(争点3)」及び5頁23行目をいずれも削る。

(8)5頁25行目の冒頭の項番号「ア」を削り、同行の「本件学校の」から26行目の「続けたうえ、」までを「元校長は、」を加える。

(9)6頁2行目の「最終的に、」の次に「本件校長は、」を加える。

(10)6頁18行目の冒頭の項番号「イ」を削る。

(11)7頁2行目の冒頭の項番号「ア」を削る。

(12)7頁9行目の「乙3」の次に「。以下「本件通知」という。」を加える。

(13)7頁21行目の冒頭の項番号「イ」及び22行目の「いずれも」をいずれも削る。

4 当審における控訴人の補充主張

(1)本件命課の理由は、感染症対策であり、元校長が認めていたネックウォーマーを口元まで上げるという代替手段で特に問題が発生していなかった。しかし、本件校長は、着任後、元校長の上記方針を突如変更して、本件命課を発し、より多くの感染症対策を命じた。本件命課は控訴人にとって予測可能性がなく、妥協点を探る機会が与えられない一方的なものであり、控訴人にとっては不利益でしかない。それにもかかわらず、本件校長は、本件命課にあたり、代替手段の問題点を指摘することも、何らの説明をすることもなかった。このことからは、本件命課が恣意的であって、これを必要性のある措置であったと主張するのは無理がある。

(2)本件命課は、マスクをしていない人を排除してよいというメッセージを児童生徒に送る効果があり、マスクを着用できない人に対する配慮を欠くものである。また、本件命課は、元校長が容認していた代替手段を一方的に破棄し、控訴人に対し妥協点を探る機会を与えないものであり、控訴人の医療を選択する権利をないがしろにするものである。

第3 当裁判所の判断

1 判断の要旨

 当裁判所は、原判決と同様、本件校長が本件命課を発したことが裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものということはできず、国家賠償法1条1項の適用上違法があるとはいえないから、控訴人の損害賠償請求には理由がないと判断する。その理由は、後記2のとおり補正し、後記3のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」(以下「原判決第3」という。)の3に記載するとおりであるから、これを引用する。

2 原判決の補正

(1)9頁5行目を削り、6行目の冒頭の項番号「(1)」を「1」に、7行目の冒頭の項番号「ア」を「(1)」に、それぞれ改める。

(2)9頁9行目の冒頭から11行目の「同方針」までを「新型コロナ対策本部の定めた「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(ただし、令和3年4月23日の変更後のもの)」に改める。

(3)9頁14行目の「(令和2年6月5日事務次官通知)」を「(以下、その後に改訂されたものを含めて「文科省マニュアル」と総称する。)」に改める。

(4)9頁18行目の「改訂版」の次に「(以下、同日付で改訂された文科省マニュアルの令和3年5月28日付け文部科学省初等中等教育局健康教育・食育課事務連絡による修正後のものを特に「文科省マニュアルVer. 6」という。」を加える。

(5)10頁1行目の末尾に「なお、文科省マニュアルVer. 6の内容のうち上記部分は、令和4年4月1日付けで改訂された文科省マニュアル(以下、同日付けで改訂された文科省マニュアルを特に「文科省マニュアルVer. 8」という。)においても変更はない。」を加える。

(6)10頁2行目の「被告委員会委員長」を「山形県教育委員会教育長」に改め、4行目の「題する通知」の次に「(本件通知)」を加える。

(7)10頁5行目の「上記マニュアル(2021.4.28 Ver. 6)」を「文科省マニュアルVer. 6」に改める。

(8)10頁15行目の末尾に、改行の上「(2) 本件学校における対応等」を加え、16行目の冒頭の項番号「イ」を「ア」に改める。

(9)10頁18行目の各「上記通知」をいずれも「本件通知」に改める。

(10)10頁20行目の「。教頭は、」から21行目の「回答したため、」までを「ことなどから、教頭が、」に改める。

(11)11頁2行目の「コロナウイルス」の前に「新型」を加え、6行目の冒頭の項番号「ウ」を「イ」に、18行目の冒頭の項番号「エ」を「ウ」にそれぞれ改める。

(12)11頁20行目の「内示が出された。」から21行目の「取消となった。」までを、「内示が出されたが、同月末日、異動内示は取消となった。」に、22行目の冒頭の項番号「オ」を「エ」に、それぞれ改める。

(13)12頁8行目の「教務等補助的業務に専属して従事した」を「令和4年度及び令和5年度中に教育活動補助業務を主たる業務としていた」に改める。

(14)12頁10行目の冒頭の項番号「カ」を「オ」に改め、同行の「乙1」の前に「公知の事実、」を加え、12行目の「3月13日以降」を「4月1日以降」に改める。

(15)12頁17行目の冒頭から13頁6行目の末尾までを次のとおり改める。

「2 判断

(1) 判断枠組み

 控訴人は、本件学校の校長が控訴人をクラス担任から外し、教育活動補助業務をさせたことは、国家賠償法1条1項の適用上違法であると主張する。

 学校教育法5条並びに82条及び37条4項によれば、特別支援学校の校長は、設置者の管理の下、校務をつかさどり、所属職員を監督するものとされているところ、校務をつかさどるとは学校の仕事全体を掌握し、処理することをいい、校長による監督の対象となる所属職員は、同法84条、37条の定めるすべての所属職員をいい、教員を含む。そして、校長による監督の態様としては、監視による状況の把握のほか、許可、承認、職務命令等を含むと解される。その結果、特別支援学校の校長は、教員を含めた所属職員について、その職に応じた校務分掌を決定し、これを命じる権限を有し、その一内容として、教員にクラス担任を明示又はクラス担任から外れるよう命じる権限を有すると解される。かかる校務分掌に関する命令は、校長がその裁量により決するものであると解されるが、これが職務命令として行われ、当該職務命令がその対象となる教員に著しい不利益を及ぼし、そのことについて合理性を欠くものと認められる場合には、裁量権と逸脱し、又はこれを濫用したものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法な公権力の行使となるものと解すべきである。」

(16)13頁7行目の冒頭の項番号「イ」を「(2)」に改める。

(17)13頁14行目の冒頭から26行目の末尾までを次のとおり改める。

「 そして、学校教育法が、特別支援学校の教諭が児童の教育をつかさどるものとし、その職務を助けるものとして助教諭の食を定めていること(同法82条、37条11項、15項)、現に、少なくとも令和4年度及び令和5年度中に本件学校において、教育活動補助業務に専属して従事した教員はないこと等に鑑みると、本件命課は、教諭である控訴人の職に照らし異例なものであったというべきである。

 他方、本件命課当時、特別支援学校の校長は、持続的に児童生徒の教育を受ける権利を保障していくため、学校における新型コロナウイルスへの感染及びその拡大リスクを可能な限り低減した上で、学校運営を持続していくことが求められていた(乙3)。

(18)14頁1行目の「この点、」を削り、同行の「本件当時」から2行目の「マニュアル」は、」までを「そして、本件命課当時、文科省マニュアルVer. 8は、」に改める。

(19)14頁6行目の「これを受けて」から8行目の「ついて」は」までを「山形県教育委員会教育長が定めた本件通知は」に改める。

(20)14頁11行目の「定めており、」から13行目の「いなかった」までを「定めていた。これらによれば、新型コロナウイルスへの感染及びその拡大リスクを低減するためには、上記の対策が必要であると考えるべき根拠があったということができる。」に改める。

(21)14頁 14行目の冒頭から15頁 8行目の末尾までを次のとおり改める。

「 このことに加え、本件学校は知的障碍者等を教育対象とする特別支援学校であり、本件学校においてクラス担任としての業務に従事することとなれば、多数の児童生徒に接し、身体的距離を取ることができない状況が度々生じることが容易に想定できることにも鑑みれば、本件校長において、控訴人がマスクの着用による感染症対策を取らないとの意思を明確に示していたことを踏まえ、本件命課を発して控訴人をクラス担任から外したことは、感染症対策としてやむを得ない措置であったといえる。

 また、本件命課により、控訴人は、教育活動補助業務に専属して従事することとされたが、控訴人が命じられた教育活動補助業務の内容は原判決別紙のとおりであって、これらはいずれも、助教諭の置かれていない本件学校においては、教諭が教育活動とともに分掌していた業務であったことからすれば、この点についても不合理であったとまでいうことはできない。

 なお、控訴人は、本件命課が発せられた当初、職員室とは別の部屋で業務を行うよう命じられたが(前記1(2)エ)、本件通知においては、職員室においても身体的距離の確保に努め、必要に応じて別室で業務を行うという対応も想定されていることに照らせば(前記1(1))、この点についても、文科省マニュアルVer. 8や本件通知に沿うものといえる。

 以上に加えて、本件校長は、令和5年2月10日、新型コロナ対策本部においてマスク着用の考え方について見直す旨の決定がされ、学校におけるマスクの着用についても同年4月1日からこれに沿った対応とすることとされたことを踏まえて、本件命課を同年3月30日までとして解除しており(前記1(2)オ。なお、前記1(2)エのとおり、職員室とは別の部屋での就業については令和4年6月30日までの3か月間で解除された。)、本件命課による控訴人の不利益を最小限にとどめるべく配慮したと評価することができることにも鑑みれば、本件命課が合理性を欠くと認めることができず、本件校長がその裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したということはできない。」

(22)15頁9行目の冒頭の項番号「ウ」を削る。

(23)15頁13行目の「前記説示のとおり、」の次に「本件校長は、新型コロナウイルスの感染症対策として本件命課を発したものであって、控訴人が、感染症対策に従わないことを理由として本件命課を発したものではないから、控訴人の上記主張は、前提を欠くものである。なお、」を加え、同行の「文部科学省の」から16行目の「について」」までを「文科省マニュアルVer. 8や本件通知」に改める。

(24)16頁1行目の「前記マニュアルや学校運営方法」を「文科省マニュアルや本件通知」に改める。

(25)16頁3行目から次行にかけての「存在すること」から10行目の末尾までを「存在したとしても、文科省マニュアルや本件通知が医学的・科学的根拠のないものであるといえるものではないし、これらを踏まえ、控訴人に対し本件命課を発したことが、国家賠償法1条1項の適用上違法との評価を受けるものでもない。」に改める。

(26)16行目12行目の「文部科学省」から13行目の「運営方針」までを「文科省マニュアルVer. 8や本件通知」に改める。

3 当審における控訴人の補充主張に対する判断

(1)控訴人は、本件校長は、ネックウォーマーによる感染症対策を容認していた元校長の方針を突如変更して本件命課を発したものであって、本件命課は控訴人にとって予測可能性がなく、一方的なもので妥協点を探る機会が与えられなかったと主張する。

 しかし、控訴人は、遅くとも令和3年8月19日、教頭に対して常時のマスク着用を拒否して以降、新型コロナウイルスが感染するという科学的根拠がないこと、マスクの着用に感染防止効果がないこと、新型コロナウイルスのないことの持論を理由とし、令和4年2月以降は、自らが化学物質過敏症及びマスク過敏症である旨の診断を受けたことを理由として、マスクの着用による感染症対策を取らないという姿勢を明確にしていた(補正の上引用する原判決第3の1(2)ア、イ)。このような状況を踏まえれば、本件校長が、控訴人との間で改めて感染症対策について話し合いの機会を持つことなどせず、控訴人に対しマスクの着用による感染症対策を取ることを求めることができないことを前提として、本件命課を発したとしても、かかる本件校長の判断や対応が恣意的であるとか、合理性を欠くものであるなどということはできない。本件命課がされた当時、特別支援学校の校長は、持続的に児童生徒の教育を受ける権利を保障していくため、本件学校における新型コロナウイルスへの感染及びその拡大リスクを可能な限り低減した上で、学校運営を持続していくとが求められており(補正の上引用する原判決第3の2(2))、文科省マニュアルVer. 8や本件通知がマスクの着用による感染症対策が推奨され、殊に特別支援学校での学校教育活動においては、教室の中では基本的にマスクを常時着用すること、マスクを着用しない場合は身体的距離をとることなどの指針が示されていたこと(補正の上引用する原判決第3の1(1))に鑑みると、本件校長が、ネックウォーマーを口元まで上げるという方法は上記指針に沿わないものと考えて本件命課に及んだとしても、その合理性を欠くとはいえないことはもとより、控訴人にとって予測可能性がなく一方的であったということもできない。したがって、控訴人の上記主張は採用できない。

(2)控訴人は、本件命課は、マスクを着用できない人に対する配慮を欠くものであり、また、控訴人の医療を選択する権利をないがしろにするものであるなどと主張する。

 しかし、本件命課がされた当時、文科省マニュアルVer. 8や本件通知において、前記(1)のような指針が示されていたことからすると、マスクの着用を一切しない控訴人について、児童生徒との接触の機会が多いクラス担任から外すなどしたことはやむを得ない措置であったというべきである。かえって、本件命課の期間が必要最小限にとどめられていたといえること(原判決第3の2(2))をも考慮すると、本件命課は、新型コロナウイルスへの感染及びその拡大リスクを可能な限り低減させるべき必要性に迫られる中、マスクを着用しないという控訴人の判断や選択に配慮し、マスクを着用しない状態で、教員として行うことができる業務を控訴人に割り当てたものと評価し得るから、控訴人の上記主張は採用できない。

(3)その他、控訴人は種々主張するが、前記引用に係る原判決の認定、判決を左右するものはない。

第4 結論

 以上によれば、控訴人の損害賠償請求は理由がなく、棄却されるべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

仙台高等裁判所第3民事部

裁判長裁判官 倉澤守春

裁判官 櫛橋直幸

裁判官 栗原志保