令和5年12月31日公開
前節では、ウイルス学でいう「分離」の根拠がエンダース博士の論文⁽¹⁾であることについて述べた。この論文は、前節でも述べたように麻疹ウイルスの分離について書かれた論文である。正確に言えば、病原ウイルスを培養すると培養細胞から麻疹ウイルスが出現することを実験で示した論文である。しかし、その一方で、誠実にこの培養の実験で実際の病気を語る問題点についても指摘しているのである。
今回は、「分離」から話がずれてしまうかもしれないが、このエンダース論文におけるエンダース博士の指摘など、筆者が気になる部分について紹介する。
それでは、エンダース論文に書かれていることを1つ1つ検証していくことにする。
①サルの腎臓は確実に細胞変性を起こせる
Monkey kidney is the only other tissue employed that has yielded a growth of cells in which the characteristic changes described above have been definitely observed following inoculation of virus. In cultures consisting largely of monkey renal epithelial cells as prepared by Youngner’s modification of Dulbecco’s technic (13) cytopathic changes have been regularly observed which resemble closely those produced by these agents in human renal cells as seen in both fresh and stained preparations. These effects followed the addition of blood or throat washings from cases of measles as well as infected tissue culture fluids derived from previous passages. Monkey kidney cultures may, therefore, be applied to the study of these agents in the same manner as cultures of human kidney.
(邦訳)
サルの腎臓は、ウイルスの接種後に上記のような特徴的な変化が確実に観察される細胞の成長をもたらした唯一の組織である。ダルベッコ法(13)をヤングナー法(14)に改変して調製したサルの腎臓上皮細胞からなる培養物では、細胞変性が定期的に観察され、これは新鮮な調製物でも染色した調製物でも、ヒトの腎臓細胞でこれらの病原体によって生じたものとよく似ている。このような効果は、麻疹患者から採取した血液や咽頭洗浄液の添加や、以前の継代培養から得られる感染した組織培養液の添加によって生じた。従って、サルの腎臓培養液はヒトの腎臓培養液と同じように、これらの病原体の研究に応用することができる。
この記述は、サルの腎臓細胞が確実に細胞変性効果が観察できることを意味している。逆を言えば、培養細胞によっては同じ検体でも細胞変性効果が起きない場合があることを意味している。ウイルス学では、細胞変性効果は「感染」を意味しているから、培養細胞によっては「感染」しない場合もあることが分かる。それで、エンダース氏はサルの腎臓細胞が最も感染しやすい細胞であると述べているのである。
このことから、エンダース氏をはじめとするウイルス学者は、最も感染しやすい動物の細胞、すなわちヒトの細胞ではない細胞で以て、病原ウイルスの感染性を論じているのである。それは単純に病原体の存在を確認したいからだろう。しかし、例えそれが仮に存在したとしても、ヒト細胞に「感染」しないのであれば、それが病気の原因であるとは言えないのである。
②細胞変性効果が起こらない細胞がある
In a single experiment no cytopathic manifestations were seen during a period of 31 days following inoculation of infected tissue culture fluid into cultures of human embryonic skin and muscle, human uterine tissue or embryonic chick tissue. Tests for the presence of complement fixing antigen in the fluids removed from the cultures on the 31st day were negative. These serologic results suggest that growth of the virus did not occur, since, as will be shown subsequently, the antigen appears to develop regularly after several days in cultures of renal tissue infected with the virus.
(邦訳)
ある実験では、ヒト胚の皮膚と筋肉、ヒト子宮組織、ニワトリ胚組織の培養物に感染した組織培養液を接種してから31日間、細胞病理学的症状は見られなかった。31日目に培地から取り出した培養液中の補体固定抗原の存在に関する検査は陰性であった。これらの血清学的結果は、ウイルスの増殖が起こらなかったことを示唆している。なぜなら、後に示すように、ウイルスに感染した腎組織による培養では、抗原は数日後に規則的に発現するように見えるからである。
これは①で述べたことの裏付けになっている。このことから、病原ウイルスの存在の確認は培養細胞に依存することが分かる。なぜなら、ウイルス学者は細胞変性効果で以て病原ウイルスの存在を示しているからである。細胞変性効果が確認された後に、培養液という懸濁液から目的の粒子を探すことはしない。何故なら単離できないからである。そして、その懸濁液からゲノムを決定したり、画像を撮影したりする。ウイルス学者からすれば、細胞変性効果が認められたのだから、そこには病原ウイルスが増殖して現れているという前提でいる。したがって、ウイルス学者は細胞変性効果が起きればいいのである。だから、人に感染する病原体を調べる実験で、細胞変性効果が起こりやすい細胞を選択するのである。
③血清で細胞変性効果が阻害される
That the cytopathogenic capacity of at least one strain of the agents associated with measles is inhibited by serum factors developing during the course of the disease has been demonstrated in two experiments. Employing 100 ID₅₀ of the viral suspension mentioned in the previous paragraph neutralization tests were carried out in cultures of monkey renal epithelial cells. Sera taken during the acute and convalescent stages from two of the cases occurring at the boys’ school were stored at -15°C and inactivated at 56°C for 30 minutes before they were diluted and used in the test. As diluent bovine amniotic fluid was employed. Dilutions of serum and virus were mixed and kept at 5°C for one hour when 0.1 ml of each mixture was added to each of three tissue cultures. In both tests the cultures were examined every day or every 2 days and the final readings were recorded on the 10th day. The results are summarized in Table 11. They indicate that significant increases in substances occurred in the serum of both patients that neutralized the cytopathogenicity of the agent isolated from the blood of a third patient. In considering these results it is pertinent to recall that agents with similar characteristics have been isolated from the two patients whose convalescent sera were shown to possess virusneutralizing capacity.
(邦訳)
麻疹に関連する病原体の少なくとも1株の細胞変性能力が、罹患中に発現する血清因子によって阻害されることが、2つの実験で証明された。前項で述べたウイルス懸濁液100 ID₅₀(50%阻害用量)を用い、サル腎上皮細胞による培養で中和試験を行った。男子校で発生した2症例から急性期と回復期に採取した血清を-15℃で保存し、希釈して試験に使用する前に56℃で30分間不活化した。希釈液にはウシの羊水を用いた。血清とウイルスの希釈液を混合し、5℃で1時間保存した後、各混合液0.1mlを3つの組織培養物に添加した。両試験とも、培養物は毎日または2日ごとに検査され、最終測定値は10日目に記録された。結果を表11にまとめた。この結果は、両患者の血清中に、3番目の患者の血液から分離された病原体の細胞病原性を中和する物質が有意に増加したことを示している。これらの結果を考察する上で、回復期の血清がウイルス中和能力を持つことが示された2人の患者から、同様の特徴を持つ病原体が分離されたことを想起することが適切である。
これは、細胞変性効果が起こる要因に血清の量も関わっていることを意味している。十分な量の血清が培養細胞に添加されれば細胞変性効果が起こりにくくなる、すなわち目的の病原ウイルス粒子の存在を証明できなくなることを示唆している。逆を言えば、血清の量を減らせば細胞変性効果が起こりやすくなり、粒子の存在を証明しやすくなるということである。
④検体を接種せずとも細胞変性効果が起こる
Two agents have been isolated while the present work was in progress that appear unrelated to those we have just described. The first was recovered from the throat washings of a typical case of measles occurring in the boys' school. Its wide cytopathogenic range, the character of the cytopathic changes induced and the fact that its infectivity for tissue cultures was neutralized by herpes simplex immune rabbit serum served to define its nature. A second agent was obtained from an uninoculated culture of monkey kidney cells. The cytopathic changes it induced in the unstained preparations could not be distinguished with confidence from the viruses isolated from measles. But, when the cells from infected cultures were fixed and stained, their effect could be easily distinguished since the internuclear changes typical of the measles agents were not observed. Moreover, as we have already indicated, fluids from cultures infected with the agent failed to fix complement in the presence of convalescent measles serum. Obviously the possibility of encountering such agents in studies with measles should be constantly kept in mind.
(邦訳)
本研究の進行中に、今述べたものとは無関係と思われる2つの病原体が分離された。最初のものは男子校で発生した典型的な麻疹患者の咽頭洗浄液から回収されたものである。その細胞病原性の範囲の広さ、誘発される細胞変性の特徴、組織培養に対するその感染性が単純ヘルペス免疫ウサギ血清で中和されるという事実が、その性質を明確にするのに役立った。第二の病原体はサル腎臓細胞に接種していない培養物から得られた。この物質は非染色標本で細胞変性を引き起こしたが、麻疹から分離されたウイルスと確信をもって区別することはできなかった。しかし、感染した培養細胞を固定して染色すると、麻疹の病原体に典型的な核内変化が観察されなかったので、その効果は容易に区別できた。さらに、すでに示したように、この病原体に感染した培養液は、回復期の麻疹血清の存在下で補体を固定することができなかった。明らかに、麻疹の研究においてこのような病原体に遭遇する可能性を常に念頭に置くべきである。
この件については前節で述べたので繰り返さない。ただ、これまで述べてきたように、細胞変性効果が起こる要件として、培養細胞の選択、血清の量があるが、ここでわかることは検体の摂取は細胞変性効果が起こる要件には含まれないということである。
⑤ここで得られた結果は批判的に分析されなければならない
Of the numerous experiments that have been reported in the past describing the successful isolation of the etiologic agent of measles only those in which monkeys were employed as the experimental animal have been consistently confirmed by other workers. Great caution should therefore be exercised in the interpretation of any new claims that the virus has been propagated in other hosts or systems. Accordingly, the results that are summarized here must be subjected to the most critical analysis.
(邦訳)
過去に報告された麻疹の病原体の分離に成功した数多くの実験のうち、サルを実験動物として用いたものだけが他の研究者によって一貫して確認されている。したがって、ウイルスが他の宿主や系で増殖したという新たな主張の解釈には十分な注意が必要である。従って、ここに要約した結果は最も批判的な分析に供されなければならない。
この主張は非常に誠実である。彼らは細胞変性効果が起こりやすい、つまり環境にセンシティブで死にやすいサルの腎臓細胞を使って細胞変性効果を確認してきたにすぎず、そこから出現した細胞の破片や細胞由来の粒子に混ざって、その中に病原ウイルスが存在していることを何も示していないのである。したがって、エンダース博士がここで指摘しているように、細胞変性効果が確認しただけで以て、病原ウイルスが出現したと主張することに対して批判的に議論・分析するべきなのである。
⑥実験で確認された現象が生体内でも確認できるという根拠はない
The pathologic changes induced by the agents in epithelial cells in tissue culture resemble, at least superficially, those found in certain tissues during the acute stage of measles. While there is no ground for concluding that the factors in vivo are the same as those which underlie the formation of giant cells and the nuclear disturbances in vitro, the appearance of these phenomena in cultured cells is consistent with the properties that a priori might be associated with the virus of measles.
(邦訳)
組織培養の上皮細胞で病原体によって誘発される病理学的変化は、少なくとも表面的には麻疹の急性期におけるある種の組織に見られるものと似ている。生体内における因子が、試験管内における巨大細胞の形成や 核障害の基礎にある因子と同じであると結論する根拠はないが、培養細胞におけるこれらの現象の出現は、先験的に麻疹のウイルスに関連すると思われる性質と一致している。
ここでの指摘も誠実である。実験室で行われた実験で観察された現象が、生体内で起きるという確証は何もないのである。所詮、動物実験に過ぎないのであって、本来ならばその観察された現象が生体内でも起きることを証明しなければならないのである。エンダース博士も最後に書いているが、「先験的に」であって、現時点では憶測の域を超えない単なる仮説であるということである。つまり、病原ウイルス粒子が生体内の細胞を破壊し、その細胞から多数の病原ウイルスが出現すること説は根拠のない仮説に過ぎないのである。それをエンダース博士はここで述べているのである。
⑦実験で確認された現象を生体内で確認するべきである
Although we have thus already obtained considerable indirect evidence supporting the etiologic role of this group of agents in measles, 2 experiments essential in the establishment of this relationship remain to be carried out. These will consist in the production of measles in the monkey and in man with tissue culture materials after a number of passages in vitro sufficient to eliminate any virus introduced in the original inoculum. The recovery of the virus from the experimental disease in these hosts should then be accomplished.
(邦訳)
こうしてわれわれはすでに、麻疹におけるこのグループの病原体の役割を支持するかなりの間接的証拠を得ているが、この関係を確立するために不可欠な2つの実験がまだ実施されていない。それは、最初の接種液に混入したウイルスを除去するのに十分な回数の試験管内における継代培養を行った後、組織培養材料を用いてサルおよびヒトで麻疹を発症させることである。その後、これらの宿主における実験的疾患からウイルスを回収する必要がある。
ここでも真っ当なことが指摘されている。エンダース博士が主張するように、実験で得られた培養材料を用いて、生体に接種して発症するかを確認するべきである。そして、発症した患者から実際に病原ウイルスが回収できるのか確認するべきである。しかし、それが現在まで行われていない。エンダース博士が、ここで主張しておきながらその実験を実施していないのは、できないからである。何故なら、病原ウイルスを単離することができないからである。
「分離」の根拠となっているエンダース論文に、「分離」の問題が指摘されていることを紹介した。ウイルス学者は当時から現在に至るまで、エンダースの指摘を克服することはしていない。寧ろ、ゲノムなどの言い訳(ごまかし)の技術の向上ばかりが目立つ。本質的な問題の議論から避けてばかりいる。それは全て単離できないことに起因している。
参考文献