ウイルスはささやく

これらかの世界を生きるための新ウイルス論

著者名:武村政春

発行年:2021年3月25日

発行所:株式会社 春秋社

ISBN:978-4-393-33236-8

 

著者略歴

1998年、名古屋大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。名古屋大学助手、三重大学助手等を経て、現在、東京理科大学教授。専門は巨大ウイルス学、分子生物学、生物教育学。2001年に世界に先駆けて細胞核の起源にDNAウイルスが関わっていたとする学生を発表。2019年には、真核生物の起源の謎を解明する鍵となると思われる巨大ウイルス「メドゥーサウイルス」を発見した。


引用


6頁

この、生物にもっとも近いけれども生物ではない「複雑な有機化合物」の代表こそが、本書の主題である「ウイルス」である。

生物は、「細胞」という小さな小さな膜からなる袋状のものでできているが、ウイルスは細胞とは異なる構造をしているがために、生物とはみなされていない。だからウイルスは生物ではない。しかし、ウイルスは「生物」ではないかもしれないが、「生命」であるとはいえるかもしれない。なぜならウイルスは、自らは細胞でできているわけではないけれど、細胞の中に侵入して、そこにある細胞の仕組みを使ってなら増殖することができるからである。生物には子孫を生むという大きな特徴があるが、ウイルスもまた、子孫を生むのである。細胞という「他者」のしくみを使わなければという前提がつくとはいえ、彼らもまた子孫を生み出すことができるという意味においては、ウイルスは「極めて生物に近い複雑な有機化合物」であるといえるのである。

22頁

このリボソームを、ウイルスはもっていないのだ。したがって、タンパク質を自分で作れないウイルスは、分裂して増えることができない。その代わりウイルスは、タンパク質を誰かに「委託」して作ってもらい、自らを増やすのである。その「委託先」となるのは言わずもがな、ウイルスの感染先である、僕たち生物の細胞である。

言い換えると、ウイルスは、強烈な「他者依存」によって成り立つ生命体なのであって、その他者依存の実態が、タンパク質を作るというすべての生命にとって必須なプロセスであるがゆえに、ウイルスは生物の細胞に「感染」せざるを得ないのである。生物の細胞に感染しなければ、ウイルスは増えることができない。生物的にいうならば、子孫を残すことができない。僕たち現代人、ホモ・サピエンスの多くは「家」というものに住んでおり、そこで生き、そこで子孫を増やす。ウイルスにって僕たち生物の細胞は、まさに「家」なのであり、かつそれ以上に、ウイルスにとって必要な存在であるともいえる。だからこそウイルスは、いったん細胞に感染したら、その細胞の中でできるだけたくさんの”子ウイルス”を作ろうとして、一気に大量に複製するのだともいえる。