令和4年度 地域保健総合推進事業

新型コロナウイルス感染症対応記録

令和6年1月7日掲載

原本

監修

尾身  茂(公益財団法人結核予防会 理事長)
脇田 隆字(国立感染症研究所 所長)

編集

正林 督章(前厚生労働省 健康局長)
和田 耕治(一般財団法人日本公衆衛生協会 理事)

発行

一般財団法人日本公衆衛生協会

発行日

令和5年4月27日

引用


第1章

新型コロナウイルス感染症発生前

14-15頁

2 2009年新型インフルエンザ(A/H1N1)の発生

2009年4月23日に米国内で豚由来A型インフルエンザウイルスのヒトへの感染事例に関する情報が厚生労働省内で共有され、24日にはメキシコにおいて死亡者が多数出ているとの情報をWHOから入手した。

ただちに都道府県に情報提供するとともに25日には検疫の強化を全国の検疫所に伝え、同時に省内に一般国民からの問い合わせに応ずるためにコールセンターを立ち上げた。28日にはWHOが「フェーズ4宣言」を行い、それに伴って厚生労働大臣が新型インフルエンザの発生を宣言し、内閣総理大臣をトップとした政府の新型インフルエンザ対策本部において「基本的対処方針」が策定された。

その後、広報活動、サーベイランスや検疫の強化などさまざまな対策を講じてきた。5月9日には検疫で初の感染者の捕捉がなされ、16日には兵庫県、大阪府において高校生を中心とした患者の集団発生が起きた。そのまま諸外国に見られたように夏場の大流行に進展するかと思われたが、兵庫・大阪全域の学校の臨時休業を行った結果、それは起きなかった。8月中旬を過ぎたころから定点サーベイランスが1を超え、本格的な流行入りとなり、医療体制の整備、ワクチンの供給や接種が急がれた。

流行は徐々に拡大し、全国的に見れば11月末にピークを迎え、その後、流行は下火となった。そして、第1波が終息した2020年春の段階において、わが国の死亡率は他の国と比較して低い水準にとどまった(図表1)

17-19頁

4 「新型インフルエンザ等特別措置法」の制定

(1)新法制定の必要性

新型インフルエンザ等感染症は、インフルエンザ特有の感染力の強さと併せ、病原性の高いものが発生する懸念が存在する。そうしたものが、発生、まん延したときは大流行に伴う社会全体の混乱への対応が求められる。既存の法律として、例えば「感染症法」は、感染者や汚染された施設等に着目し、患者の入院措置やかかっていると疑うに足りる者に対する健康診断や報告の義務付け、ウイルス等に汚染された建物の消毒などが定められているが、社会全体への混乱への対応としては限界がある。また、「予防接種法」は、感染症に対する免疫が脆弱な者の健康を保護することを目的としており、国民の生命および健康ならびに国民生活および国民経済が著しい混乱に陥るような状況を回避するため、医師および社会機能維持者や国家の将来を担う子ども、若者世代を優先するような場合においては、十分な対応が困難である。このほか「検疫法」も新型インフルエンザのように極度に停留の対象者が増加するような事態に対しては不十分である。

(2)法の概要(図表2)

法律は、緊急事態宣言前の段階と後の段階の2つに大きく分けることができる。緊急事態宣言は、国民の生命・健康に著しく重大な被害を与える恐れがある新型インフルエンザ等が国内で発生し、全国的かつ急速なまん延により、国民生活および国民経済に甚大な影響を及ぼす恐れがあると認められるときになされるものである。

まず、緊急事態宣言前の段階として、①国や地方公共団体の行動計画の策定および電力、ガス、医療を営む法人などの指定公共機関の業務計画の作成 ②発生時における国、都道府県の対策本部の設置 ③発生時における特定接種(医療関係者や社会機能維持者に対する先行接種の実施) ④海外発生時の水際対策の実施―などが規定されている。

一方、緊急事態宣言後の段階として、①外出自粛要請、興業場、催物等の制限等の要請・指示 ②住民に対する予防接種の実施 ③臨時の医療施設など医療提供体制の確保 ④緊急物資の輸送の要請・指示 ⑤政令で定める特定物資の売り渡しの要請・収用 ⑥埋葬・火葬の特例 ⑦生活関連物資等の価格の決定 ⑧行政上の申請期限の延長 ⑨政府関係金融機関等による融資―などが規定されている。

諸外国の中には都市封鎖などいわゆるロックダウンを規定するような法律もあるが、日本においては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重され、国民の権利制限が加えられるときであっても新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものであるべきとされ、そのような旨も法律の中で規定されている。したがって、都市封鎖のようなものは規定されていない。

法律では、新型インフルエンザ等感染症は新型インフルエンザ感染症、新興型インフルエンザ感染症、新感染症がその対象とされている。新感染症は「感染症法」第6条で「人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」と規定されている。新感染症も新型インフルエンザと同様に国民の生命および健康に重大な影響を与える恐れがあることからこの法律の対象としている。

20頁

5 感染症法の改正

近年の病原体の遺伝子解析技術等の飛躍的な進歩に伴い、感染症のまん延防止対策等の立案のために、感染症の患者等や動物からの検体を確保し、病原体の遺伝子情報、薬剤耐性等の情報の収集・解析の重要性が高まってきた。

このため、2014年11月に、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の一部を改正する法律」(平成26年11月21日法律第115号)の成立により、感染症法に病原体の検査に関する明確な規定が設けられ、2016年4月1日から、感染症に対する情報収集体制が強化されることとなった。

その主な内容は下記の通りである。

  • すべての感染症について、都道府県知事が患者等に対し検体の採取等に応じるよう要請できるようになるとともに、医療機関等に対して保有する検体を提出することを要請できるようになる。
  • さらに、一部の五類感染症(インフルエンザ)の患者の検体または感染症の病原体を提出する機関を指定し、患者の検体または感染症の病原体の一部を都道府県知事に提出する制度(指定提出機関制度)が創設される。
  • また、入手した検体等について、都道府県知事は検査を実施し、その結果を厚生労働大臣に報告することとなる。

以上、2009年の新型インフルエンザの対応に関する教訓を踏まえ、さまざまな対応や準備を行ってきたところで2020年に新型コロナウイルス感染症によるパンデミックを迎えることになった。


第2章

新型コロナウイルス感染症発生後の主な出来事と対応

27頁

3 初動対応

 中国武漢市における原因不明のウイルス性肺炎について、検疫所のホームページ「FORTH」に
おける注意喚起、原因不明の肺炎の疑い例のスクリーニング、新型コロナウイルス感染症を感染症
法上の指定感染症、検疫法上の検疫感染症に指定する政令の公布、武漢に在留する邦人についてチ
ャーター便対応、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に対する臨船検疫、中国湖北省から
の入国を禁止、検疫法に基づく水際対策、「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(令和2年
2月25日新型コロナウイルス感染症対策本部)」の決定などを行った。

32頁

9 検査体制

中国からWHOに新型コロナウイルスの遺伝子配列が提供されそれを基に国立感染症研究所においてPCR検査体制の準備に入り、リアルタイムPCR用のプライマーが全国の地方衛生研究所に配布され、各地のPCR検査体制が整備された。また、民間検査会社がPCR検査の受託を行い、PCR検査が保険適用され、契約により医療機関に対して行政検査を委託可能とした。

「新型コロナウイルス感染症に関するPCR検査体制強化に向けた指針」を発出し、検査需要の見通し、感染拡大ピーク時も含めた検査需要への対応力の点検、必要な対策の実施を都道府県に要請した。また、有症状者については唾液を用いた検体採取が可能とする通知を発出した。

抗原定量検査や抗原定性検査を薬事承認し、民間検査機関が実施することとした。

PCR検査等に係る精度管理事業を行うとともに「新型コロナウイルス感染症のPCR検査等における精度管理マニュアル」を示した。また、高齢者施設やクラスター発生地域における検査の実施を要請するとともに抗原簡易キットの配布事業を開始した。また、薬局において医師の処方箋なく、薬事承認された検査キットも使用可能とした。


第3章

新型コロナウイルス感染症の特徴

38頁

1 新型コロナウイルス感染症の日本における流行の疫学的特徴
  ~2020年1月から2021年10月まで~

(1)はじめに

2019年12月に中国湖北省武漢市で始まった、SARS-CoV-2を原因とする新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは世界中で猛威を振るい、2022年10月25日現在、全世界の累計感染者数は6億人、死者数は600万人を超える ¹⁾ 。2021年からはmRNAワクチンが実用化されて、まず先進国を中心に普及したがワクチンの防御を回避する変異株の出現などにより、いまだ収束の兆しはない。2022年にはさらに感染力の強いオミクロン変異株の流行と各国の入国制限の緩和に伴い、これまで患者発生の抑制されていた東アジア地域でも爆発的に患者が増加した。

43頁

2 第1波~第5波の臨床症状、検査所見、治療内容

(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)

コロナウイルスはエンベロープを持つRNAウイルスである。従来、感冒を含む急性気道感染症の原因ウイルスとして4種類のコロナウイルスが報告されていた。これに加えてSARSコロナウイルス(SARS-CoV)とMERSコロナウイルス(MERS-CoV)が存在する。新型コロナウイルス感染症は、2019年12月に中国の武漢市で初めて患者が報告され、その後、新型のコロナウイルスが病原体であることが確認された ¹⁾ 。今回のアウトブレイクで患者から検出されたコロナウイルスが、severeacuterespiratorysyndrome coronavirus(SARS-CoV)とウイルス学的に類似しているため、SARS-CoV-2と呼ばれるようになった。また、世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)は本ウイルスによる感染症の呼称をcoronavirusdisease2019(COVID-19)と決定した。

その後、本疾患は世界中に広がりを見せたため、WHOは2020年1月30日に国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PublicHealthEmergencyofInternationalConcern:PHEIC)を宣言した。同年2月1日には、新型コロナウイルス感染症は、わが国の「感染症法」に基づき指定感染症に指定された。また、その後の本疾患の世界的な拡大を受け、同年3月12日にWHOは本疾患の流行をパンデミックであると宣言した。

43-44頁

(2)新型コロナウイルス感染症の病態生理

新型コロナウイルス感染症の患者の大多数は、ほぼ無症状に近いか、感冒様症状のみで自然軽快する。このウイルスが感染する細胞は主に膜表面にアンジオテンシン変換酵素2(angiotensin-con-vertingenzyme2:ACE2)を有する細胞である。ACE2はⅡ型肺胞上皮、血管内皮等の細胞に存在している。このウイルスはACE2を介してヒトの細胞内に侵入し増殖する。新型コロナウイルスが感染した細胞内で増殖を始めると、IL-6等の炎症性サイトカインの放出が始まる。この炎症のシグナルに対して肺胞マクロファージなどの自然免疫細胞が応答し、種々のサイトカインが血中・組織中に放出され、免疫系が活性化される。新型コロナウイルス感染症の感染の初期では自然免疫が重要な役割を果たし、自然免疫で十分に対応できれば新型コロナウイルス感染症は重症化しにくいと考えられている。一方新型コロナウイルスの感染細胞内での増殖とともに、構造タンパク質と非構造タンパク質の産生が始まるが、これらのタンパク質はⅠ型インターフェロンの産生とシグナル伝達を抑制することが知られている。これにより免疫応答は抑制され、ウイルスの増加が促進されると考えられている。前掲のⅠ型インターフェロン作用の抑制の結果、比較的多くの無症状者、軽症者が発生すると考えられている一方で、Ⅰ型インターフェロン作用の抑制はウイルスの過剰な増殖を許し、結果として重症化の要因となっているともいわれている。

(4)重症化のリスク因子

日本における入院患者を対象としたレジストリのデータの解析では、入院時に重症であることの危険因子は、高齢、男性、心血管疾患、慢性呼吸器疾患、糖尿病、肥満、高血圧であった。脳血管疾患、肝疾患、腎疾患・透析、固形腫瘍、高脂血症は入院時の重症度には影響を与えなかったが、入院後の最悪の重症度に影響を及ぼしていた。一方、肥満、高血圧、高脂血症の致死率は比較的低かった。入院時の重症度、最悪の重症度、致死率のリスク因子は一貫していなかった。具体的には、日本人の場合、高血圧、高脂血症、肥満は最悪の重症度に大きな影響を与えたが、致死率には影響が少なかった。入院時の重症度、最悪の重症度、致死率は異なる因子によって推進されている可能性がある ⁷⁾ 。

49頁

50頁

■参考文献

  1. ChenN, ZhouM, DongX, QuJ, GongF, HanY, et al. Epidemiological and clinical characteristics of 99 casesof 2019 novel coronavirus pneumonia in Wuhan, China: adescriptive study. Lancet.2020;395(10223):507-13.doi:10.1016/S0140-6736(20)30211-7.Epub2020Jan30.

3 ウイルス学的特徴(第1波~第5波のゲノム変化〈変異〉)

(2)新型コロナウイルスのゲノム基礎情報

新型コロナウイルスのゲノム情報はNextclade ⁴⁾ とPANGOLIN *²、⁵⁾ による分子系統解析法が汎用され、世界の発生状況や病原性等のウイルス学的な評価に活用されている(図表1)。塩基変異によるアミノ酸置換から感染性・免疫逃避が上昇したと判断されたクローンが確認され次第、世界保健機構(WorldHealthOrganization:WHO)や各国保健省・機関が変異株(variant of concern:VOC)と認定している。2021年1月以降、アルファと称される変異株20I/B.1.1.7が世界を席巻し初認定された。アルファはSpikeのreceptorbindingdomain(RBD)にN501Y変異(501番目のNアスパラギンがYチロシンへ置換)を有し、ヒトACE2レセプターへの結合親和性が上昇した結果、感染性を上昇させ世界拡散に関与したと推定されている(詳細は後述)。これまでに認定された変異株のアミノ酸変異情報をまとめたwebサイト CoVariants ⁶⁾ はSpikeタンパク質のアミノ酸置換の特徴がリスト化されており、変異株同士の比較解析に有用である。


第4章

組織の体制、ガバナンス

113頁

3 都道府県の体制 都道府県の視点から国との関係等について(広島県における取り組み)

(1)第3波対応

①総括

2020年11月下旬以降、広島市内を中心に感染者数が急増し、感染状況は県内全域にわたって拡大基調となった。このため、2020年12月12日からエリア(当初は広島市、その後周辺1市3町に拡大)や業種等(飲食店、飲酒の場)、的を絞った「集中対策」を実施した。

比較的早期の集中対策を実施したことなどから、感染の急速な拡大に歯止めをかけ抑制することはできたものの、感染者の新規報告者数(直近1週間の10万人当たり)などを基にした総合的な判断は、全県ではステージⅡであった。また、広島市においては、一時期ステージⅣ相当の状況まで感染が拡大した(図表1)。

125頁

5 WHOから見た日本の教訓

(4) 新型コロナウイルス感染症パンデミックにおける日本の教訓1:アジア人不足の影響

128頁

危機管理活動という営みは、科学ではない。アート(運用術)である。科学に基づく危機管理や、エビデンスに基づく危機管理など存在しない(この点、わが国では誤解があるようである)。危機管理の一分野である感染症危機管理も同様である。

危機は、未知・霧・摩擦という特性を有している ²⁾ 。危機管理の事態対処行動には、未知・霧・摩擦という不確実性が伴うのである。特に、危機の全容がまったくの未知である事態対処の初動においては、不確実性は最大である。

したがって、初動においていかに事態対処の戦略を構想するのかは、戦略指揮官およびそれを支える参謀たちの脅威認識およびそれまでの危機管理経験に依拠している。WHO本部、特にその「危機系」であるWHEは、欧米人によって占められている。したがって、その危機管理活動は、欧米人の脅威認識およびそれまでの危機管理経験に依拠していると言っても過言ではない。

当初WHOは、マスクは不要であると述べていた。それは、マスクは医療従事者が着用する類いのものであり、市民が着用する類いのものではない、という欧米の脅威認識およびそれまでの危機管理経験に依拠したものである。結果、十分なマスク流通量が確保できない中で市民がマスクを着用するというアジア社会の現況は適切ではなく、「感染を防ぐというエビデンスはない」と信ずる多数派意見が参謀会議で決定された。WHOがマスク着用を推奨した時期が遅かったのは、このような事情がある。

国際社会の事態対処行動調整ハブとして機能するWHOの参謀組織が、欧米等の特定の地域に偏ることは、わが国を含む国際社会にとって不幸である。国際社会における脅威認識のバランスを取るため、わが国をはじめとするアジア社会から多くの人材を「危機系」に排出する必要がある。そのためには、まずはわが国の医療・公衆衛生分野の仕事に従事する方々が、途上国開発等の「平時系」のみならず、国家安全保障に直結するような「危機系」に進んでいただくことが重要である。同様に、軍事をはじめとする伝統的な安全保障・危機管理分野の仕事に従事する方々に、公衆衛生危機管理の分野に進んでいただくことが重要である。


第5章

初動対応

137頁

3 新型コロナウイルス感染症の発表と国内サーベイランス体制の構築

(1)新型コロナウイルスの発見

1月9日、中国疾病予防管理センターより、59例中15例から新型コロナウイルスが検出され、それ以外のウイルス(季節性インフルエンザ、トリインフルエンザ、アデノウイルス、重症急性呼吸器症候群〈SevereAcuteRespiratorySyndrome:SARS〉コロナウイルス、中東呼吸器症候群〈MiddleEastRespiratorySyndrome:MERS〉コロナウイルス)は除外されたとの発表があり、1月10日にはGISAID(GlobalInitiativeonSharingAvianInfluenza Data)を通じ新型コロナウイルス(2019-nCoV)の全遺伝子配列が公表された。

当時、新型コロナウイルス感染症に関する臨床情報は、大多数の発生が中国国内であったこともありほぼ皆無であった。SARSやMERSと同属のコロナウイルスでありかつ重症肺炎を起こしていることから、感染経路は飛沫および接触感染ではないか、潜伏期間はSARSやMERSから14日~21日程度ではないか等の推測がなされていた。しかし、実際にヒトからヒトに感染するのかを含め多くは不明のまま対策を進めざるを得なかった。

(2)検査体制の構築

厚生労働省は、1月10日から、2019-nCoVのPCR検査の開発に着手した。1月14日にはプロトタイプではあったが国立感染症研究所が国内で実際に検査を開始し、1月15日(発表は1月16日)には国内1例目の確定診断につながった。そして1月20日には、コンベンショナルPCR法による新型コロナウイルス感染症検査を確立した ⁵⁾ 。

139頁

4 武漢チャーター便

(1)政府方針の決定

2020年1月23日、武漢市は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、都市封鎖を行うことを発表した。当時、武漢市を含む湖北省には約700名の邦人が滞在しており、交通網が遮断されたためその多くが武漢市に取り残されていた。これを受け、日本政府は、チャーター機を派遣し、希望者を帰国させることを決定した。チャーター機は1月28日発の第1便を皮切りに、2月16日発の第5便まで派遣され、合計828名の邦人が帰国した(図表1) ⁷⁾ 。

当時、新型コロナウイルス感染症は検疫の対象となる感染症ではなかったため、法的に停留ができなかった。このため、1月28日、厚生労働省は新型コロナウイルス感染症を指定感染症とすることに併せ、検疫法(昭和26年法律第201号)第2条第3号の政令で定める感染症と定めた。

(2)新型コロナウイルス感染症における新たな知見

新型コロナウイルス感染症は検疫法に基づく感染症となったものの、どのように取り扱うかについて取り決めはなかった(通常は有症状者に対し検査を実施)。他方で新型コロナウイルス感染症に対する国民の不安が大きかったことから、帰国邦人は、入国後速やかに全例PCR検査を実施する結果が陰性であってもホテル等にて一定期間停留する経過観察後のPCR検査で陰性が確認されたら自宅に戻すこととなった。基本的に健常である帰国邦人を停留したため、同帰国者からは多くの不満が発生した。ある帰国者は経過観察中に無断で帰宅したが、こうした事態はマスメディアに大きく取り上げられた。

この一連の対応により以下の新たな事実が判明した。中国出国を認められた無症状の邦人帰国者全例にPCR検査を実施したが、うち14名に陽性者が確認された。当該陽性者についてはその後の経過観察中に発症しなかった者が一定数存在した。つまり、新型コロナウイルス感染症にはある一定数の無症状病原体保有者が存在した。他方で、無症状病原体保有者がどの程度感染性があるのかについては依然不明のままであり、また当時は感染症法上入院措置対象となっていないことから国民の不安はさらに増大した。

この一連の対応により以下の新たな事実が判明した。中国出国を認められた無症状の邦人帰国者全例にPCR検査を実施したが、うち14名に陽性者が確認された。当該陽性者についてはその後の経過観察中に発症しなかった者が一定数存在した。つまり、新型コロナウイルス感染症にはある一定数の無症状病原体保有者が存在した。他方で、無症状病原体保有者がどの程度感染性があるのかについては依然不明のままであり、また当時は感染症法上入院措置対象となっていないことから国民の不安はさらに増大した。

(3)無症状病原体保有者の扱い

こうした不安を解消するため、厚生労働省は、2月13日に、新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令の一部改正(令和2年2月13日政令第30号)(施行日2月14日)を行い、無症状病原体保有者についても新たに入院措置の対象とした。


第14章

広報・リスクコミュニケーション

418頁

1 概要と「#広がれありがとうの輪」プロジェクト

厚生労働省における新型コロナウイルス感染症に関する広報・リスクコミュニケーションは、新型コロナウイルス感染症対策推進本部広報班が窓口となって広報室はじめ省内各部局や関係府省庁等と連携・協力して対応した。厚生労働省新型コロナウイルス感染症特設ページによる発生状況や保健医療体制、感染予防や治療法、暮らしや仕事に関する相談等、広範な情報提供を行ったほか、Twitter等のSNSを利用しての情報発信等を行った(図表1、図表2)。また、メディア対応について、感染症情報管理官(感染症情報管理室長を併任)が中心となって記者会見や外国メディアを含む記者ブリーフィングのほか、電話やメールによる問い合わせなどに対応した。さらに、関係府省庁や自治体、企業等と連携して差別偏見防止に向けた取り組みや国会対応、ホームページの情報更新等、対応は多岐にわたった。

419頁