有馬裁判判決文

マスク着用困難教師隔離命課損害賠償請求事件

  • 以下の判決文において個人情報保護を考慮して適宜書き換えている。書き換えた部分を「紫」で示す。
  • 有馬ジキ(以下、原告)が事実と異なると思われる部分を「青」で示す。
  • 原告が疑問を感じた部分を「赤」で示す。

令和6年1月23日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(行ウ)第4号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和5年10月25日

判決

山形県

原告 有馬ジキ

山形市松波2丁目8-1

被告 山形県
同代表者知事   吉村美栄子

山形市松波2丁目8-1

被告 山形県教育委員会

同代表者教育長 髙橋広樹

上記2名訴訟代理人弁護士 峯田典明

主文

1 本件訴えのうち、意に反する感染症対策を原告は拒否できることの確認を求める部分及びマスクの着脱を本人の判断に委ねることや感染症対策に協力しない又はできない児童生徒や教職員に対する差別的対応を禁ずることを山形県内全教職員に周知徹底するよう義務付けることを求める部分をいずれも却下する。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 原告と被告山形県との間で、法的義務のない感染症対策は職場においても任意であり、原告は意に反する感染症対策を拒否できることを確認する(以下「請求1」という。)。

2 被告山形県教育委員会は、法的義務のない感染症対策の徹底は差別の温床と成り得るから、マスク差別を教育現場から根絶するよう、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律4条や新型インフルエンザ等対策特別措置法5条の規定に従い感染症対策とそれによって制限される人権とのバランスを勘案し、且つ政府や文部科学省の方針に則り、マスクの着脱は本人の判断に委ねることは勿論のこと、感染症対策の協力に応じない・応じることのできない児童生徒や教職員に対する差別的対応を禁ず
ることを山形県内全教職員に周知徹底せよ(以下「請求2」という。)。

3 被告山形県は、原告に対し、 100万円を支払え(以下「請求3」という。)。

第2 事案の概要

1 本件は、山形県立米沢養護学校の教諭である原告が、同学校の校長から、新型コロナウイルス感染症の病原体が証明されていない中、感染症対策としてマスク着用を命じられ、これに応じなかった原告がクラス担任から外されたことは違法であるなどと主張して、①被告教育委員会に対し、マスクの着脱は個々人の判断によるものであること及び感染症対策に起因する差別的対応を禁ずることを山形県内全教職員に周知徹底するよう義務付けることを求める(請求2)とともに、②被告山形県(以下「被告県」という。)に対し、意に反する感染症対策を拒否できることの確認(請求1)と、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、100万円の支払(請求3)を求めた事案である。

2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲証拠等により認められる客観的事実)

(1) 当事者等(争いがない、弁論の全趣旨)

ア 原告は、山形県立米沢養護学校(以下「本件学校」という。)の教諭であり、令和3年度は、小学部5年・6年の副担任をしていた。本件学校は、知的障害者等を教育対象とする特別支援学校である。

イ 被告県は、本件学校を設置する公共団体であり、被告委員会は、山形県内の特別支援学校の管理、運営等を行う組織である。

(2) 新型コロナウイルス感染症の指定感染症への指定等(乙6、公知の事実)

内閣総理大臣は、令和2年1月30日、中華人民共和国で感染が拡大し.ている新型コロナウイルス感染症(以下、単に「新型コロナ」ということがある。)について、我が国でも感染が拡大していることを理由に、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)15条1項
に基づく政府対策本部として、内閣に「新型コロナウイルス感染症対策本部」(以下「新型コロナ対策本部」という。)を設置した。
 内閣は、同月、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(令和3年2月3日号外法律第5号による改正前のもの。以下「感染症法」という。)6条8項、 7条1項及び66条に基づき、「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令」を制定した(令和2年
1月28日号外政令第11号)。また、同年3月13日には、特措法が改正され(同日号外法律第4号)、新型コロナについては、一定の期間、同法の規定が適用されることとされた。
 以上の措置を経て、新型コロナウイルス感染症は、感染症法上の疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある指定感染症であり、特措法上の新型インフルエンザ等に位置づけられることとなった。
 新型コロナ対策本部は、同月28日、特措法18条1項に基づき、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を定めた。同方針は、①新型コロナは軽症で済むこともあるが、重症化するリスクもあり、致死率がインフルエンザよりも相当程度高いなど、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある、②新型コロナの感染経路としては、せき、くしやみ、会話等のときに排出される飛沫や、エアロゾル(微細に分散した霧)の吸入、接触感染等が考えられるとしたうえで、基本的な感染対策として、密閉空間・密集場所・密接場面の回避や、人と人との距離の確保、マスクの着用等が重要であるとした。
 この頃から、全国の学校では、マスクの着用等の感染対策が講じられるようになった。

(3) 原告によるマスク着用拒否及び校長による校務分掌の命課

ア 原告は、クラス担任を受け持つていた令和3年8月19日、本件学校の教頭に対し、常時のマスク着用を拒否すると伝え、マスク着用を指示する本件学校との間で、マスク着用を巡り対立するようになったなった。(弁論の全趣旨)

イ 校長は、令和4年4月1日、原告に対し、クラス担任から外れ、教育活動補助業務に従事することを命じた(以下「本件命課」という。)。原告は、同日以降、クラス担任から外れ、授業計画案の作成や教材作成、アンケート集計等の業務に従事した。原告は、一時、職員室とは別の部屋での作業を命じられ、別室で勤務していた。(甲1、13、乙5、争いがない、弁論の全趣旨)

3 争点

(1) 本案前の争点

ア 本件訴えのうち請求1に係る部分の適法性(争点1)

イ 本件訴えのうち請求2に係る部分の適法性(争点2)

(2) 本案の争点

本件命課の違法性(争点3)

4 争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(本件訴えのうち請求1に係る部分の適法性)及び2(本件訴えのうち請求2に係る部分の適法性)

(被告らの主張)

本件訴えのうち、請求1及び2に係る部分は、いずれも「当事者の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かっ、それが法令の適用により終局的に解決することができるもの」ではないから、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に該当しない。
 また、令和5年5月8日付で新型コロナは感染症法上の5類感染症に移行し、これに伴い、学校教育活動においても、マスクの着用を求めないことが基本となったから、請求1及び2の訴えの利益は存在しない。
 したがつて、本件訴えのうち請求1及び2に係る部分は、いずれも不適法である。

(原告の主張)

争う。新型コロナの流行は現在もメディア等で伝えられており、学校でも、未だにマスクを着用している教職員や児童生徒が多数存在することからすると、再びメディアや専門家が感染症の流行を宣伝し始めれば、大衆は感染症の存在を信じ、本件と同様、科学的根拠の乏しい感染症の流行を理由に、原告をはじめとするマスク着用困難者に対する不当な人権制限が繰り返されることが容易に想像できる。
 したがつて、現在においても、法的義務のない感染症対策は任意であることが徹底され、かつ、これが被告委員会によって周知される必要があるから、本件訴えのうち請求1及び2に係る部分については、訴えの利益がある。

(2) 争点3(本件命課の違法性)

(原告の主張)

ア 本件学校の校長は、本件命課の以前から、新型コロナの感染対策を理由に、原告に対してマスクの着用を強要し続けたうえ、一度ネックウォーマーを口元まで上げる方法による感染対策を容認したにもかかわらず、最終的に、原告にクラス担任から外れて教育活動補助業務に従事するよう命じている。
 しかし、そもそも新型コロナが存在するという科学的根拠は皆無であり、政府や被告県、被告委員会は、新型コロナの存在を確認できていないにもかかわらず、これが存在することを前提に、教育現場等において、無意味な感染対策を推し進めているにすぎない。また、本件命課は、マスクを着用することができない原告に対して、感染対策に応じないことへの制裁としてされたものであるが、これは、感染対策においても人権を尊重すべきであるとする感染症法4条、特措法5条の定めや文部科学省の方針に反する不当な差別であるうえ、その内容は、生徒の指導・教育という教員の中心的業務を原告から剥奪し、原告を別室に隔離して、教育活動補助という名の雑用を行わせるものであり、原告の名誉や人格を著しく損なうものである。
 以上のとおり、本件命課は、何らの必要性、合理性がないにもかかわらず、原告に対して不当な差別的対応をするものであり、必要最小限の人権制限とはいえない。

イ よつて、本件命課は国家賠償法上違法なものであり、原告はこれによって精神的苦痛を被ったから、原告は、被告県に対し、同法1条1項に基づく損害賠償請求として、 100万円の支払を求める。
 また、原告は、感染症予防手段の自主決定権に基づき、被告県との間で、原告が意に反する感染症対策を拒否できる地位にあることの確認を求めるとともに、教育現場における差別的対応の撤廃の請求として、感染症対策の協力に応じない・応じることのできない児童生徒や教職員に対する差別的対応を禁ずることを山形県内全教職員に周知徹底するよう被告委員会に義務付けることを求める。

(被告らの主張)

ア 原告は、本件命課は合理的な理由なく原告をクラス担任から外すものであり、国家賠償法上違法であると主張する。
 しかし、特別支援学校の校長には、校務分掌に関して相当の裁量権が認められているから、本件命課は、これが社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たらない限り、適法である。
 この点、被告委員会教育長が定めた「県立特別支援学校における『新しい生活様式』を踏まえた学校運営方法について」の通知(乙3)では、新型コロナの感染対策として、教室では常時マスクを着用することや、マスクを着用しない場合は身体的距離をとること、必要に応じて別室で業務を行う等の対応をとることが求められた。 しかし、本件学校の児童生徒は(障害の特性上マスク着用が困難であり、距離をとることを期待できない状況にあったため、本件学校の校長は、新型コロナの感染対策のために、マスクを着用することができない原告について、児童生徒と多く接するクラス担任から外し、別室での教育活動補助を命じたものである。原告は、本件命課は原告に対して必要のない雑用を命じたものであると主張するが、原告が行った教育活動補
助業務は、いずれも児童生徒の指導上必要な業務であつて、原告に対する不当な仕事外しには当たらない。

イ したがつて、本件命課は不合理なものではなく、校長の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用には当たらない。原告の請求はいずれも理由がない。

第3 当裁判所の判断

1 争点1(本件訴えのうち請求1に係る部分の適法性)に対する判断

 確認の利益が認められるためには、原告の現在の権利や地位に不安、危険が生じている必要があるところ、本件において、被告県は、新型コロナの5類感染症移行に伴い、学校教育活動においてマスクの着用を求めないこととなったこと等を理由に、感染症対策が任意であり、原告が意に反する感染症対策を拒否できる地位にあることを争っていないのであるから、現在、原告の地位に不安や危険が生じているとはいえない。
 これに対し、原告は、今後感染症が流行した際に、再び不当な人権制限が繰り返されるおそれがあるとして、確認の利益があると主張するが、現段階において、そのような事態が発生するかは確実ではないというほかないから、この点は前記判断を左右しない。
 したがって、本件訴えのうち請求1に係る部分は、確認の利益を欠き、不適法である。

2 争点2(本件訴えのうち請求2に係る部分の適法性)に対する判断

 請求2は(原告が、非申請型義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項1号)として、マスクの着脱が個々人の判断によるものであること及び感染症対策に起因する差別的対応を禁止することの周知徹底の義務付けを求めたものと解されるところ、同訴訟は、行政庁が一定の処分をすべきであるにもかかわらずこれがされないときに、行政庁がその処分をすべき旨を命ずることを求める訴訟である。
 そして、ここでいう「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第1小法廷判決参照。)ところ、マスクの着脱が個々人の判断によるものであること及び感染症対策に起因する差別的対応を禁止することの周知徹底は、山形県内の教職員に対して情報提供や注意喚起をするものにすぎず、法令上の根拠に基づき、原告を含む山形県内の教職員の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではない。
 したがつて、本件訴えのうち請求2に係る部分は(被告委員会に一定の「処分」をすべき旨を命ずることを求めるものとはいえず、非申請型義務付け訴訟として不適法である。

3 争点3(本件命課の違法性)に対する判断

(1) 認定事実(後掲証拠等により認められる事実)

ア 教育現場における新型コロナ感染対策に関する方針等(前提事実(2)、乙3、6、7(公知の事実)
 新型コロナ対策本部は、令和3年11月19日、特措法18条1項に基づく基本的対処方針として、「新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針」を定めた。同方針では、新型コロナの基本的な感染対策の方法が示されたほか、文部科学省が、高等学校等について、子供の健やかな学びの観点から、「学校における新型コロナウィルス感染症に関する衛生管理マニュアル」(令和2年6月5日事務次官通知)等を踏まえた対応を要請することや、都道府県が、学校設置者に対し、保健管理等の感染症対策について指導することなどが定められた。
 上記マニュアルは、数回にわたり改訂されたが、令和3年4月28日の改訂版では、基本的な感染症対策のうちマスク着用に関する部分について、①学校教育活動においては、児童生徒等及び教職員は、身体的距離が十分とれないときはマスクの着用を原則とし、十分な身体的距離が確保できる場合、熱中症などの健康被害が発生するおそれがある場合などはマスク着用の例外とすること、②必要に応じて、身体的距離をとってのフェイスシールドの着用を認めるなど、臨機応変な対応をすること、③教職員についても、児童生徒等と同様の感染症対策を参考にすること、④特別支援学校等における障害のある児童生徒等については、指導の際に接触が避けられなかつたりするといった事情を踏まえ、適切に対応すべきことなどが定められていた。
 被告委員会教育長は、これを受けて、令和3年7月5日、各県立特別支援学校長に対し、「県立特別支援学校における「新しい生活様式」を踏まえた学校運営方法について」と題する通知を発出した。同通知では、上記マニュアル(2021.4.28 Ver.6)を参照して、県内の特別支援学校における新型コロナの感染対策のうちマスク着用について、教室では基本的にマスク(不織布製が望ましい)を常時着用すること、身体的な理由等によリマスク着用が困難な児童生徒は、マスク着用以外の方法で予防対策を講じるなどの配慮をすること、教員は必要に応じてフェイスシールドの活用等の感染症対策を行い(ただし、フェイスシールドはマスクに比べて効果が弱いことに留意し、使用の際は原則マスクを着用すること。)、マスクを着用しない場合は、身体的距離をとることを定めた。また、教職員の対応として、学校外でも感染防止対策を徹底し、職員室においても身体的距離の確保に努め、必要に応じて別室で業務を行う等の対応をとることなどが示された。

イ 本件学校における対応と校長による原告へのマスク着用指示(甲2、24、弁論の全趣旨)

 上記通知を受け、本件学校でも、上記通知に基づく感染症対策が取られるようになったが、原告は少なくともこの頃には学校内で常時マスク着用をすることを拒否するようになっていた。教頭は、原告がワクチン接種状況の調査にも無記入で回答したため、令和3年8月19日、原告と面談をした。その際、原告は、法律上、新型コロナウイルスが病原体と明記されていないにも関わらず、子供の活動を制限することが不当であるから、マスク着用には協力できないことなどを申し立てた。
 これを受けて同月23日、校長が原告と面談をし、県の指示に基づく学校の運営方針であり、校長の職務命令であるとして、学校内でのマスク着用を指示したが、原告は、コロナウイルスが感染するという科学的根拠がない中、子供の学習の機会を奪うべきではないと主張し、マスクの着用を拒否し続けた。校長は、同日、原告に対し、学校内でマスクを着用するよう指示し、原告との面談を終えた。

ウ その後のマスク着用を巡る原告と本件学校とのやりとり等(甲2~4、弁論の全趣旨)

 原告は、その後、授業中はマスクを着用し、授業外ではマスクを着用しないという対応をするようになったが、令和4年2月16日、武田内科胃腸科医院の医師から「化学物質過敏症、マスク過敏症」との診断を得たこと、マスク等に感染予防効果は期待できないこと、新型コロナウイルス感染症の病原体は特定されていないことなどを理由に、同月22日付で校長に対しく業務におけるフェイスシールド等を含むマスク着用の全面免除を求めた。
 これを受け、教頭は、身体的理由で不織布マスクをつけられないのであれば、違う感染症対策するよう指示し、原告はネックウォーマーを口元まで上げて覆う方法での感染症対策を取るようになった。

工 原告に対する異動内示とその取消(争いがない)

 令和4年3月14日、原告に対して、高畠町立高畠中学校への異動内示が出された。これに対し、原告は手続に不備があるとして異議を唱えたところ、同月末日、異動内示は取消となった。

オ 本件命課(甲1、5、 7、8、 10、13、21、乙5、弁論の全趣旨)校長は、令和4年4月1日、原告に対し、クラス担任から外れ、教育活動補助業務に従事することを命じた(本件命課)。   
 本件命課は、原告が校長の定める感染防止対策が取れないことを理由とするものであった。命課当時、原告の勤務場所が職員室外となることは決められていたが、具体的な場所は決まっていなかった。その後、原告には、概ね別紙(乙5)の「教務等補助的業務」欄及び「教材等作成業務」欄記載の業務が割り当てられた。
 原告の就業場所は、校長の指示により、令和4年4月1日から同年6月30日までは職員室と別の部屋が割り当てられたが、同年7月1日以降は職員室での就業に戻された。
 本件学校において、教務等補助的業務に専属して従事した教員は原告だけである。

カ 原告のクラス担任への復帰(乙1、弁論の全趣旨)

 新型コロナ対策本部は、令和5年2月10日、「マスク着用の考え方の見直し等について」を決定し、同年3月13日以降、学校教育活動の実施に当たっては、マスクの着用を求めないことを基本とするとして、従前の方針を改めた。これを受け、校長は、本件命課を解除し、原告は同年4月1日、クラス担任の業務に復帰した。

(2) 判断

ア 原告は、本件学校の校長が原告をクラス担任から外し、教育活動補助業務をさせたことは、国家賠償法上違法であると主張する。
 そこで検討すると、学校教育法82条及び37条4項によれば、特別支援学校の校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する権限を有しているところ、この権限には、特別支援学校における校務分掌に関する組織を定め(教員を含めた所属職員に校務分掌を命じて、校務を処理する権限も含まれ、その一内容として、教員にクラス担任を命じ、あるいはクラス担任から外れるよう命じる権限を有すると解すべきである。そして、この校務分掌に関する決定については、平素から学校全体の運営や所属職員の能力・適性等に精通している校長の専門的、行政的判断に委ねられていると解するのが相当である。
 そうすると、校務分掌に関する校長の判断には広範な裁量が認められ、その判断が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に限り、校務分掌に関する校長の決定が違法となると解すべきである。

イ 以上を前提に検討する。

 本件命課は、原告が、令和3年8月以降、新型コロナウイルス感染症の病原体が確認されていないという見解を前提に、校長が指示した感染症対策に協力できないという姿勢を明らかにするようになり、翌年2月以降は、化学物質過敏症等と記載された診断書を得て、マスク類の着用を一切拒否するようになったことを受け、感染症対策の一環としてされたものである。
 もっとも、本件学校において、教務等補助的業務に専属して従事した教員はいないというのであるから、本件命課は、クラス担任を本務とする教員に対する命課として異例なものであったことは明らかである。そして、前記の校長の広範な裁量は、合理的な根拠のない恣意的な校務分掌の決定を許容するものではないのであるから、本件命課が異例なものであったことも踏まえると、当該命課を出す必要性があり、手段としての相当性を肯定しうる程度の事情が認められない限り、校長の決定は裁量を逸脱したものというべきである。
 そこで検討すると、本件命課は、校長によるマスク着用の職務命令に応じない原告について、感染症防止対策が取れないことを理由としてクラス担任から外すというものと解されるから、校長による前記職務命令や、マスク着用等の感染防止対策をしない教員をクラス担任としないことに合理的な理由があるといえることが前提となる。

 この点、本件当時、「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」は、身体的距離が十分とれないときはマスクの着用を原則とすることを定めた上、例外的に身体的距離をとってのフェイスシールドの着用を認める一方で、指導の際に接触が避けられないなどの事情がある特別支援学校においては、別途適切に対応すべきことが定められていた。また、これを受けて被告委員会教育長が定めた「県立特別支援学校における「新しい生活様式」を踏まえた学校運営方法について」は、特別支援学校におけるマスク着用の方針を、不織布製マスクの常時着用を原則とし、教員がフェイスシールドを用いる場合にも、マスクとの併用を原則とすることや、マスクを着用しない場合は、身体的距離を取るべきことを定めており、同方針が定め
る感染防止対策をしないまま生徒等と身近に接触することは許容していなかった((1)ア)。
 そして、原告は、知的障害等を持つ小学部5年及び6年のクラスの副担任をしていたというのであり(前提事実(1))、生徒との身体的距離を取ることが困難な場面も容易に想定できるのであるから、校長が、前記マニュアルや学校運営方針を踏まえ、新型コロナが感染するという科学的根拠がないこと、マスク着用に感染防止効果がないこと、新型コロナウイルス感染症の病原体が特定されていないことなどを理由に、フェイスシールドの着用を含む感染防止対策を完全に拒否していた原告(1)イ、ウ)を、クラス担任から外さざるを得ないという判断をしたことは、前記マニュアルや学校運営方針に沿うものといえ、必要性がある措置であったということができる。
 また、手段の相当性についてみても、本件命課は、職員室とは別の部屋での補助的業務を命じるものであったが((1)オ)、前記学校運営方針は、職員室においても身体的距離の確保に努め、必要に応じて別室で業務を行うといつた対応を想定しているのであるから((1)ア)、マスク等の感染防止効果を否定し、マニュアルや学校運営方法が定める感染防止対策に従わない意向を示していた原告の業務場所を職員室と別の部屋に指定したことは、職員室での感染防止対策として必要かつ相当なものであったというべきである。また、原告が命じられた業務の内容は、別紙のとおりであり、教員が行う業務に関するものといえるから、補助的業務に従事させたことが相当性を欠くとはいえない。

 以上によれば、本件命課に校長の裁量の逸脱濫用はない。

ウ これに対し、原告は、コロナウイルス感染症の病原体が確認されていないにも関わらず、これを前提とした科学的根拠のない感染防止対策を原告に強いること自体が違法であるから、これに従わないことを理由としてされた本件命課は違法であると主張する。
 しかし、前記説示のとおり(本件命課は文部科学省の「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」や被告委員会教育長の「県立特別支援学校における「新しい生活様式」を踏まえた学校運営方法について」に沿うものであるところ、これらは新型コロナウイルス感染症が、疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある指定感染症であるとする法令や、特措法上の基本的対処方針である「新型コロナゥィルス感染症対策の基本的対処方針」に基づくものであり、法令上の根拠を有するものであるから(前提事実(2))、これが違法なものであるとはいえない。原告は、これらの法令や基本的対処方針が科学的根拠を欠くものであるとして、マスク着用拒否に至ったのであるが、特措法上の基本的対処方針である「新型コロナゥィルス感染症対策の基本的対処方針」は、新型コロナ対策本部が設置した新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による医学的。科学的観点からの議論を踏まえて策定されたものであり(公知の事実)、前記マニュアルや学校運営方法が定める感染防止対策もこれに基づくものであるから、病原体の存在に疑間を呈する見,解や、マスク着用の感染防止効果について疑間を呈する見解が存在することはともかくとして、これが医学的・科学的根拠のないものであるといえるものではない。そして、原告は、その職務を遂行するに当たって、法令や地方`公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従う義務を負うのであるから(地方公務員法32条)、職場においては、前記マニュアルや学校運営方針に沿った行動をすることが義務付けられるのであって、これに反する見解のもと、感染防止対策をしないことは許されないというほかない。
 ほかに、原告は、本件命課が、校長の指示に従わない原告への制裁であると主張するが、文部科学省や被告委員会教育長が定めたマニュアルや学校運営方針の趣旨に従えば、感染防止対策に協力できない教員を特別支援学校の小学部のクラス担任とすることは著しく困難であるから、校長の措置はやむを得ない措置というべきであり、これが制裁であったとは解しがたい。

第4 結論

 よって、本件訴えのうち請求1及び2に係る部分はいずれも不適法であるから、これらを却下し、請求3は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

山形県地方裁判所民事部

裁判長裁判官 本田 幸嗣

裁判官    加賀谷友行

裁判官    長崎 壮汰