令和7年1月3日作成
原 題:
著 者:
Patrick C Y Woo, Susanna K P Lau, Chung-ming Chu, Kwok-hung Chan, Hoi-wah Tsoi, Yi Huang, Beatrice H L Wong, Rosana W S Poon, James J Cai, Wei-kwang Luk, Leo L M Poon, Samson S Y Wong, Yi Guan, J S Malik Peiris, Kwok-yung Yuen
巻号頁:Vol. 79, No. 2, pp. 884–895
掲載年:2005/01
呼吸器感染症患者を対象とした広範な臨床研究にもかかわらず、かなりの割合の患者では微生物学的な原因を特定することができない。過去3年において、いくつかの新型呼吸器ウイルス、ヒトメタニューモウイルス〔human metapneumovirus〕、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス(SARS-CoV)〔severe acute respiratory syndrome coronavirus〕、ヒトコロナウイルスNL63〔human coronavirus NL63〕が発見された。今回、我々は新たに新型コロナウイルスを発見したことを報告する。コロナウイルスHKU1(CoV-HKU1)は、肺炎を罹患した71歳の男性から発見された。彼は、中国の深圳から帰国したばかりであった。定量的逆転写PCR法を用いたところ、CoV-HKU1 のRNA量は、罹患1週目の鼻咽頭吸引液(NPA)で8.5~9.6×10⁶コピー/mlであった。その後、RNA量は徐々に低下し、検出不能レベルまで達した。CoV-HKU1の組換えヌクレオキャプシド蛋白質に対する特異的抗体の血清中濃度が上昇し、それぞれ発病1週目、2週目、4週目の免疫グロブリンM(IgM)力価は1:20、1:40、1:80、IgG力価は<1:1,000、1:2,000、1:8,000であった。様々な細胞株、神経細胞とグリアの混合培養、哺乳マウスへの脳内接種を用いたウイルスの分離は失敗した。CoV-HKU1の全ゲノム配列は29,926塩基である。そして、ポリアデニル化RNAである。G+C含量は32%で,ゲノム配列が明らかにされているコロナウイルスの中で最も低かった。系統解析の結果、CoV-HKU1はグループ2の新しいコロナウイルスであることが明らかになった。400件のNPA〔鼻咽頭吸引液〕を使用したスクリーニングを行った。このNPAは、SARS-CoVに関して陰性であった。また、SARS期間中に呼吸器疾患に罹患した患者から採取したものである。このスクリーニングで、追加した検体からCoV-HKU1のRNAの存在が確認された。この検体のウイルス量は1.13×10⁶コピー/mlであった。また、肺炎に罹患した35歳の女性から採取した検体である。我々のデータは、グループ2の新規のコロナウイルスの存在を支持するものである。そして、このウイルスは、ヒトの肺炎に関係している。
呼吸器感染症患者のかなりの割合で微生物学的な原因が特定できないため [18, 29]、新規の病原体を特定するために研究が行われてきた。3つの新規の病原体が直近の3年間に同定された。その中にはヒトメタニューモウイルス〔human metapneumovirus〕 [36]、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス(SARS-CoV)〔severe acute respiratory syndrome coronavirus〕 [25]、ヒトコロナウイルスNL63(HCoV-NL63)〔human coronavirus NL63〕 [6, 37] が含まれる。その内の2つはコロナウイルスであった。コロナウイルスはRNAウイルスの中で最も大きなゲノムを持ち、その大きさは約30kbである。その特異なウイルス複製機構の結果として、コロナウイルスは高い頻度で組換えを起こす。
遺伝子型と血清学的特徴に基づいて、コロナウイルスは3つの異なるグループに分けられる。ヒトコロナウイルス229E(HCoV-229E)はグループ1のコロナウイルスであり、ヒトコロナウイルスOC43(HCoV-OC43)はグループ2のコロナウイルスである[16]。これらはヒトの呼吸器感染症の5~30%を占めている。2002年末から2003年にかけて、SARS-CoVによる流行で8,000人以上が罹患し、750人が死亡した[23-25, 44, 45, 51]。我々はまた、ヒマラヤヤシハクビシンからSARS-CoV様ウイルスが分離されたことを報告した。この報告は、次のことを示唆している。動物がSARS-CoVの祖先の貯蔵庫〔reservoir〕である可能性である[9]。ゲノム解析の結果、SARS-CoVは第4のコロナウイルスグループに属するか、あるいはグループ2のコロナウイルスの遠い親戚であることが判明した[4, 20, 28, 31, 48]。最近、呼吸器感染症に関連するグループ1の新規のヒトコロナウイルス、HCoV-NL63が発見された。そして、そのゲノムの配列が決定された[37]。
本研究では、我々は肺炎患者の鼻咽頭吸引液(NPA)からグループ2に属する新規のコロナウイルスを発見したことを報告する。このコロナウイルスの全ゲノム配列を決定し、解析した。本研究の結果に基づき、我々は次のことを提案する。この新型ウイルスをコロナウイルスHKU1(CoV-HKU1)と命名する。
初発患者〔Index patient〕、臨床検体、微生物学的検査。
鼻咽頭吸引液〔NPA〕を初発患者〔index patient〕から発症1週目から5週目まで毎週採取し、便と尿を1週目と2週目に、血清を1週目、2週目、4週目に採取した。
鼻咽頭吸引液〔NPA〕を、インフルエンザAおよびBのウイルス、パラインフルエンザウイルス1型、2型、および3型〔parainfluenza virus types 1, 2, and 3〕、呼吸器合胞体ウイルス〔respiratory syncytial virus〕、およびアデノウイルス〔adenovirus〕について免疫蛍光法〔immunofluorescence〕[46]による直接抗原検出で評価した。この吸引液を用いて、従来の呼吸器ウイルスに対する培養を行った。培養細胞に、MDCK(イヌ腎臓〔canine kidney〕)、LLC-Mk2(アカゲザル腎臓〔rhesus monkey kidney〕)、HEp-2(ヒト上皮癌〔human epithelial carcinoma〕)、およびMRC-5(ヒト肺線維芽細胞〔human lung fibroblast〕) 細胞を用いた。更に、FRhK-4(アカゲザル腎臓〔rhesus monkey kidney〕)、A-549(肺上皮腺癌〔lung epithelial adenocarcinoma〕)、BSC-1(アフリカミドリザル腎臓〔African green monkey kidney〕)、CaCO2(ヒト大腸癌〔column carcinoma〕) 、Huh-7(ヒト肝癌〔human hepatoma〕)、Vero E6(アフリカミドリザル腎臓〔African green monkey kidney〕)細胞を細胞株のルーチンパネルに加えた。A型インフルエンザウイルス〔influenza A virus〕、ヒトメタニューモウイルス〔human metapneumovirus〕、SARS-CoVに対する逆転写PCR(RT-PCR)を、鼻咽頭吸引液〔NPA〕に対して直接行った[25]。マイコプラズマ〔Mycoplasma〕、クラミジア〔Chlamydia〕、レジオネラ〔Legionella〕、SARS-CoVに対する抗体の血清学的アッセイを、SERODIA-MYCO II(Fujirebio Inc., Tokyo, Japan) を用いて行った。アッセイには、クラミジア・ニューモニエMIF免疫グロブリンG(IgG)〔Chlamydia pneumoniae MIF immunoglobulin G〕(Focus technologies, Cypress, Calif.)、間接免疫蛍光法〔indirect immunofluorescence〕(MRL; San Diego, Calif.)、および最近開発した酵素結合免疫吸着法(ELISA)〔enzyme-linked immunosorbent assay〕をそれぞれ用いた[45]。
RNA抽出。
ウイルスRNAを、鼻咽頭吸引液〔NPA〕、尿および糞便検体から抽出した。抽出には、QIAamp Viral RNA Mini kit(QIAgen, Hilden, Germany)を用いた。RNAペレットを10μlのDNaseフリー、RNaseフリーの二重蒸留水に再懸濁し、RT-PCRのテンプレートとした。
コロナウイルスのpol遺伝子のRT-PCR、保存プライマー〔conserved primers〕を使用、DNA配列決定。
コロナウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼ(pol)遺伝子〔RNA polymerase gene〕の440bp断片を、RT-PCRによって増幅した。PCRのプライマーに、保存プライマー〔conserved primers〕
(5′-GGTTGGGACTATCCTAAGTGTGA-3′および5′-CCATCATCAGATAGAATCATCATA-3′)
を用いた。この保存プライマーは、既知のコロナウイルスの利用可能なpol遺伝子のヌクレオチド配列の多重アラインメントによって設計されたものである。逆転写〔RT〕には、SuperScript II kit(Invitrogen, San Diego, Calif.)を用いた。PCR混合物(50μl)は、cDNA、PCR緩衝液(10mM Tris-HCl[pH8.3]、50mM KCl、3mM MgCl₂、0.01%ゼラチン)、200μM(各)デオキシヌクレオシド三リン酸塩〔deoxynucleoside triphosphates〕、および1.0UのTaqポリメラーゼ(Boehringer, Mannheim, Germany)を含んでいた。混合物は、次に示すサイクルを40回繰り返して増幅した。まず94℃で1分間、48℃で1分間、72℃で1分間、最終延長として72℃で10分間を1サイクルとした。この増幅に、自動サーマルサイクラー(Perkin-Elmer Cetus, Gouda, The Netherlands)を用いた。
PCR 産物〔PCR products〕をゲル精製〔gel purified〕した。精製には、 QIAquick gel extraction kit (QIAgen, Hilden, Germany) を用いた。PCR産物の両鎖の塩基配列を、2回決定した。決定には、ABI Prism 3700 DNA analyzer (Applied Biosystems, Foster City, Calif.) 、そして2種類のPCRプライマーを用いた。PCR産物の配列を既知の配列と比較した。比較した配列は、GenBankデータベースに登録されているコロナウイルスのpol遺伝子である。
全ゲノムの塩基配列決定とゲノム解析。
CoV-HKU1 の全ゲノムを増幅し、テンプレートとして鼻咽頭吸引液〔NPA〕から抽出した RNA を用いて塩基配列を決定した。RNAをcDNAに変換した。変換には、ランダムプライミング〔random-priming〕とオリゴ(dT)プライミングを組み合わせた戦略を用いた。440bp断片の塩基配列決定から得られた最初の結果から、CoV-HKU1のポリメラーゼ(Pol)が、グループ2の他のコロナウイルスと相同であることが明らかになった。そこで、変換したcDNAを増幅した。増幅には、以下のウイルスのゲノムを多重アラインメント〔multiple alignment〕することによって設計された縮退プライマー〔degenerate primers〕と、
マウス肝炎ウイルス〔murine hepatitis virus〕(MHV)(GenBankアクセッション番号:AF201929)、HCoV-OC43(GenBankアクセッション番号:NC_005147)、ウシコロナウイルス〔bovine coronavirus〕(BCoV)(GenBankアクセッション番号:NC_003045)、ラット唾液腺炎コロナウイルス〔rat sialodacryoadenitis coronavirus〕(SDAV)(GenBankアクセッション番号:AF207551)、ウマコロナウイルスNC99〔equine coronavirus NC99〕(ECoV)(GenBankアクセッション番号:AY316300)、ブタ赤血球凝集性脳脊髄炎ウイルス〔porcine hemagglutinating encephalomyelitis virus〕(PHEV)(GenBankアクセッション番号:AY078417)。
1回目以降の配列決定の結果から設計された追加プライマーを用いて増幅した。これらのプライマーの塩基配列は、要望に応じて提供可能である。ウイルスゲノムの5′末端を、cDNA末端の迅速増幅により確認した。その増幅には、cDNA末端の5′/3′迅速増幅キット(Roche, Mannheim, Germany)を使用した。塩基配列をアセンブルし、手作業で編集して、ウイルスゲノムの最終塩基配列を作成した。ゲノムの塩基配列とオープンリーディングフレーム(ORF)の推定アミノ酸配列を他のコロナウイルスの塩基配列と比較した。系統樹の構築は、PileUp法を用いて行った。この作業に、GrowTree(Genetics Computer Group, Inc)を使用した。シグナルペプチドとその切断部位の予測には、SignalP[21]を用いた。タンパク質族〔Protein family〕解析には、PFAMとInterProScan[1, 2]を用いた。膜透過ドメイン〔transmembrane domains〕の予測には、TMpred と TMHMM[11, 32]を用いた。PHDhtmも、TMpredとTMHMM[3]で得られた結果に不一致がある場合に使用した。潜在的なN-グリコシル化部位〔N-glycosylation sites〕はScanProsite[7]を用いて予測した。
(中略)
我々は、肺炎患者の鼻咽頭吸引液〔NPA〕から検出された新型コロナウイルスの特徴付けとその全ゲノム配列について報告する。初発患者から検出されたウイルスの臨床的意義は、明らかである。何故なら、患者が発症して1週目に採取した鼻咽頭吸引液〔NPA〕中に、高ウイルス量が確認されたからである。その事実は、患者の急性症状と一致している。発症2週目にはウイルス量は減少し、3週目には検出されなくなった。さらに、ウイルス量の減少は、病気の回復に付随していた。そして、ウイルスの組換えN蛋白質に対する特異的抗体応答の発現も伴っていた。今回のウイルスを細胞培養で回収できなかったという事実は、CoV-HKU1に対する感受性細胞株が今回の実験で用意した細胞株にはなかったか、あるいはコロナウイルスの中には回収率が本質的に低いウイルスが存在することに関係している可能性がある。HCoV-229EとHCoV-OC43が認識されてから何十年も経つが、他の非SARSヒト呼吸器コロナウイルスは低い頻度で肺炎を引き起こすことが知られており[27, 35, 40]、利用可能な一次分離ウイルスはまだわずかである。そして、組織培養はHCoV-OC43の一次分離に不可欠である。我々の経験では、SARS-CoVは患者の20%未満からしか回収できない。その患者は、血清学的およびRT-PCRでSARS-CoV肺炎が証明さ れているにもかかわらずである。初発患者からCoV-HKU1が発見された後、我々は400件の鼻咽頭吸引液〔NPA〕を対象に予備調査を行った。その鼻咽頭吸引液は、SARSの流行期であった昨年に採取したものである。この400件の鼻咽頭吸引液〔NPA〕の中から、CoV-HKU1は1件の検体から検出された。そのウイルス量は初発患者のウイルス量と同程度であった。これらの結果は、次のことを示唆している。CoV-HKU1が単なる一人の孤立した患者から偶発的に発見されたということではなく、肺炎に関連するこれまで認識されていなかったコロナウイルスであるということである。
ゲノム解析の結果、CoV-HKU1はグループ2のコロナウイルスであることが明らかになった。CoV-HKU1のゲノム構成は他のコロナウイルスと一致している。これらのゲノムには、特徴的な遺伝子配列順〔gene order〕があり、5′-レプリカーゼ、S、E、M、N-3′、5′末端と3′末端の両方に短い非翻訳領域、 5′保存されたコロナウイルス〔conserved coronavirus〕のコアリーダー配列、複数のORFの上流〔upstream〕に推定TRS、および3′非翻訳領域に保存されたプソイドノット〔conserved pseudoknot〕を持つ。CoV-HKU1には、次のような特色がある。それは、グループ2のコロナウイルスに特徴的なもので、HE、ORF4、N2が存在することである。3CLpro、Pol、ヘリカーゼ、S、E、M、Nタンパク質の系統解析から、CoV-HKU1のこれらの遺伝子が、対応する遺伝子とクラスターを形成していることが示された。これらの遺伝子は、グループ2の他のコロナウイルスに含まれている。しかしながら、CoV-HKU1の蛋白質は系統樹の中で別個の枝を形成しており、次のことを示している。CoV-HKU1はグループ内の別個のメンバーであり、グループ2のコロナウイルスの他の既知のメンバーとはあまり近縁でない(図2)。
CoV-HKU1は、付加的な特徴を持っている。その特徴は、グループ2の他のコロナウィルスには見られないものである。グループ2の他のコロナウイルスと比較して、CoV-HKU1ではレプリカーゼORF 1bとHE ORFの間に約800bpの欠損がある。グループ2の他のコロナウイルス、MHV、SDAV、HCoV-OC43、BCoVなどでは、798〜837bp(273〜278アミノ酸)のORFが、レプリカーゼORF 1bとHE ORFの間に存在する。このORFは、コロナウイルス非構造蛋白質NS2a族(PFAMアクセッション番号PF05213)の蛋白質をコードしている。さらなる実験により、この遺伝子が他のコロナウイルスにおいて非必須遺伝子であるかどうか、MHV[30]に見られたように、明らかにされるであろう。また、この遺伝子がグループ2の異なるコロナウイルスにおいてウイルスに特異的な機能を果たしているかどうかも明らかにされるであろう。欠損に加えて、ORF1a中のPL1proの上流には、30塩基反復の14個のタンデムコピーが存在し、これは高酸性ドメインをコードしている。同様の反復は、アミノ酸組成が異なるが、ヒト、ラット、寄生虫のゲノムで見つかっている。しかし、他のコロナウイルスでは見つかっていない[22, 47]。これらの反復配列の機能はよくわかっていない。しかしながら、重要な抗原である可能性を示唆する著者もいる。また、その生物学的役割は、特殊な3次元構造に関係している可能性もある。クロノルキス・シネンシス〔Clonorchis sinensis〕のビテラリア抗原性蛋白質〔vitellaria antigenic protein〕には、30bpの反復を含む23個のタンデムコピーが存在する。その反復は、DGGAQPPKSG[47]をコードする。マラリア原虫〔Plasmodium falciparum〕の場合、サーカムスポロゾイト蛋白質〔circumsporozoite protein〕の抗原性はエピトープの反復構造に起因することが示されている[22]。更に、このタンデム反復ペプチド〔tandemly repeated peptide〕は、感染宿主において強い体液性免疫応答を誘導する可能性があることや、それ故に血清学的診断にも有用であることが示唆されている。さらなる実験を行い、CoV-HKU1におけるこのタンデム反復の抗原特性、生物学的役割、臨床的有用性を明らかにする必要がある。呼吸器感染症の原因としてのヒトにおけるCoV-HKU1の流行については、まだ判明していない。HCoV-OC43、HCoV-229E、そしておそらくHCoV-NL63は、ヒトでは風土病である。一方、ハクビシン〔civet cats〕からSARS-CoV様コロナウイルスが分離されたことや、2004年にはSARSの再流行がなかったこと、散発的な実験室感染例はあるとしても、これらのことから、SARS-CoVはおそらく動物に由来すると考えられる。CoV-HKU1については、ほぼ1年間隔で2人の患者の鼻咽頭吸引液〔NPA〕からその存在が検出されたことから、ヒトでは風土病的な存在であった可能性、あるいは、もともとは動物のコロナウイルスであったが、過去数年間に種の壁を越えた可能性が示唆された。
呼吸器感染症の原因となってヒト間でCoV-HKU1が流行することついては、まだ議論の余地がある。HCoV-OC43、HCoV-229E、そしておそらくHCoV-NL63は、ヒト間では風土病である。一方、ハクビシン〔civet cats〕からSARS-CoV様コロナウイルスが分離されたことや、2004年にはSARSの再流行がなかったこと、散発的に実験室で感染する症例が認められたことを除けば、これらのことから、SARS-CoVはおそらく動物に由来すると考えられる。CoV-HKU1については、ほぼ1年間隔で2人の患者の鼻咽頭吸引液〔NPA〕からその存在が検出されたことから、ヒト間では風土病的な存在であった可能性、あるいは、もともとは動物のコロナウイルスであったが、過去数年間に種の壁を越えた可能性が示唆された。血清学的実験では、ウェスタンブロット分析により、次のことが明らかになった。2人の健康な献血者の血清検体で、CoV-HKU1の精製N蛋白に対して何らかの抗原抗体反応が認められたのである(図6)。これらがCoV-HKU1のN蛋白とHCoV-OC43のN蛋白との交差反応によるものかどうかは不明である。なぜなら、これら2つの蛋白は58%のアミノ酸同一性を示したからであるが、さもなくば過去にCoV-HKU1に感染していたからである。さらに臨床的、血清疫学的、系統学的研究を進めて、明らかにする必要がある。それは、上気道および下気道感染症を引き起こす他の呼吸器系ウイルスと比較した上でのCoV-HKU1の相対的重要性、血清有病率、およびウイルスの起源についてである。