原 題:「Béchamp or Pasteur? - A Lost Chapter in the History of Biology」
著 者:Ethel Douglas Hume
出版年:1923
掲載本:「BÉCHAMP OR PASTEUR? - A LOST CHAPTER IN THE HISTORY OF BIOLOGY」(PDF)
ベシャンの発見の偉大さを理解する前に、まず当時の科学的見解を理解する必要がある。動植物の生命が自然発生するのは物理的、化学的な影響によるものと考えられていただけではない。デュマ(Dumas)による発酵に関する生理学的な学説は脇に置かれた。そして、この変化は微小有機体(micro-organisms)の出現に先立って起こるという考え方が主流になっていた。
ベシャンのビーコン実験によってこの暗闇に光が当てられたことはすでに見た;今度は彼がその観察から何を推測したかを見てみたい。
彼の研究論文が発表された当時、科学者たちはアルブミノイド物質との連携なしにカビが発生することを認める心構えが乏しかったた。そのため、当初はベシャンが不純物を含んだ砂糖を使ったに違いないと主張された。しかし、ベシャンが使ったのは純粋な砂糖菓子である。しかも、石灰ソーダで加熱してもアンモニアは発生しなかった。
しかし、批評家たちは満足しなかった。カビから遊離したアンモニアの量が、不純物から得られる量をはるかに上回っていた、という事実があっても納得しなかった。さらなる証拠は実験から得られた。その実験では、ミネラルを含む媒体中で微小有機体が成長することを示した。したがって、この実験が、何かしらアルブミノイドとの関係があると指摘されるはずがなかった。
もちろん、ベシャンが最初にカビや 微小有機体を発見し、注目したわけではない。それは彼以前にも行われていた。彼が行ったのは、その大気起源を決定的に証明することであった。そして、何よりもその機能を説明することであった。この重要なテーマに興味がある人は、第2章「ミクロザイマ(Les Microzymas)」を読んでいただきたい。そこではこの問題について詳しく説明した。ここでは、その学説の一部を簡単に要約するだけにとどめる。
教授の観察において、彼が目の当たりにした証拠は傑出している。それは、空気にさらされた甘い水の中に現れたカビが、苛性カリで加熱するとアンモニアを放出するという事実であった。これは、窒素と化合した有機物質、おそらくアルブミノイドと思われる物質が生成されたという証拠である。そして、組織化された存在(being)の成長に必要な物質のひとつを構成する役割をその有機化合物が果していたのである。
それはどこから生じたのか?
教授は自然の研究を通してその答えを見つけた。 彼は、花を咲かせる植物の種がどのように発芽し、現れた植物がどのように成長し、発展していくかを説明した。そして、その植物の重さは常に最初に蒔かれた種よりも重いことを指摘した。
種子には含まれていない化学化合物はどこから来たのか?
彼が言うには、その答えは初歩的なものである。彼は説明を続ける。若い植物の器官は、化学装置である。周囲の媒体(すなわち、土中の水分と大気である。要するに、植物は土の中で根を張り、水分から窒素塩を吸収する。そして、葉から炭酸と酸素を吸収する。)の中で、その装置が反応し、生成するのである。つまり、化学法則に従って、化合物を生成するのである。それによって植物は栄養を得る。そして、自分の細胞、ひいてはすべての器官を作り上げるのだという。
同様に、ムコリナ(mucorina)の胞子も振る舞う。この胞子は、空気によって運ばれて、甘い溶液の中に入る。胞子は発育する。微小な植物のその体内で、栄養分を含んだ空気、水、そして甘い溶液に溶けた物質がすべて反応する。そして、必要な有機物質が構成される。こうして、元の媒体には存在しなかった化合物が生成されるのである。さらに彼は説明を続ける。ムコリナが有機物質を生成する能力を持つ植物であるからこそ、有機物を何も含まない媒体で成長することができるのである。
この有機物質の生成には、ある種のミネラルの存在が不可欠である。 ベシャンはここで、ラヴォアジエ(Lavoisier)の説明に立ち戻る。ラヴォアジエは、水がガラスを侵食し、その一部を溶かす過程について説明している。このようにして、カビが必要とする土類やアルカリ性の物質をどのようにしてカビが取得するのかを彼は説明している。こうして供給される量は非常に少ないので、カビの収穫はそれに応じて限定される。 しかし、ある種の塩 ―― たとえば硫酸アルミニウム、硝酸カリウム、リン酸ナトリウムなど ―― を砂糖水に加えると、大量のカビが発生する。それに比例して砂糖の転化も急速に進む。ベシャンは言う:
「この意味は、これらの塩のそれぞれが特別に有利な条件をもたらし、おそらくガラスを侵食するのに役立ったのである。その結果、ガラスに含まれる成分がより多量に得られたのである。」⁽¹⁾
しかし、それでもなお、発酵の謎は、糖の変化における実際の仕組みが説明されていない以上、まったく明らかにはなっていない。糖の変化がどのようにもたらされるのか、つまり、サトウキビ糖がブドウ糖にどのような仕組みで変化するのかを、まだ説明できないでいた。
ここでもまた、すでに見たように、ベシャンは類似を用いてこの難題を解決した。つまり、カビの影響をジアスターゼ(澱粉糖化酵素)が澱粉に及ぼす効果に当てはめたのである。ジアスターゼは溶液中で、澱粉を高温の状態で分解する性質を持ち、澱粉をまずデキストリン(糊清:澱粉を酸、熱、酵素などで加水分解するときに生ずる中間生成)に変化させる。そして、次に糖に変化させる。
ベシャンは厳密な実験によって、この類似による説明が正しいことを証明した。彼は、溶液中に現れたカビを粉砕することによって、そのカビを構成する細胞が可溶性酵素(soluble ferment)を分泌し、その酵素が糖を変化させる直接の要因であることを発見した。そして、彼はビール酵母に関しても、同様にしてこの現象について非常に明確に実証したのである。
例えば、同様に、胃は食物に対して直接作用するのではなく、胃液と呼ばれる分泌物を通して間接的に作用する。胃液にはペプシンが含まれている ―― これはジアスターゼに多かれ少なかれ類似した物質である。このペプシンが、消化器官で起こる化学変化の直接的な要因となっている。このように、可溶性の生成物によって、ビール酵母や他のある種のカビは、糖の種類を変える化学変化をもたらすのである。胃が分泌する胃液なしには食物を変化させることができないように、酵母もその細胞から分泌される可溶性酵素(soluble ferment)なしには糖を変化させることができないのである。
『ミクロザイマ(原題:Les Microzymas)』の70頁で、ベシャンはこの関連で行ったいくつかの実験の説明を始めている。ここには、十分に洗浄し乾燥させたビール酵母に関する実験の記述がある。その実験では、この酵母を、その重量を少し上回る量のサトウキビ糖と混合した。そして、その混合物を注意深くクレオソートで処理したところ、全体が柔らかくなり、次第に完全な流体になっていった。
ベシャンは実験について詳しく説明している。
彼は、酵母の細胞は密閉された小胞、つまり内容物を封じ込めた容器のようなものであることを示した。酵母は、膜状の被膜(エンベロープ)によって空間が制限されている。乾燥させた状態で、彼は実験を行ったが、酵母は70%以上の水分を含んでいた。また、触った感じでは ー 平均して自重の80% ー 人体に含まれる水分量の割合と変わらないほどであった。彼の説明では、生きている酵母、すなわち自然な状態では、水と接触すると、排泄物以外には何も体外に放出しない。しかし、砂糖と接触すると、いわば刺激され、包んでいる膜が、溶液に含まれる他の物質とともに水分を放出する。この液体が酵母と砂糖の混合物を液化させる。この液体の放出は、浸透性の物理的過程によるものであることをベシャンが明らかにしている。つまり、この浸透圧によって、溶液は浸透性の膜を通過するのである。
こうして液状の生成物を得た彼は、それを水で希釈し、ろ過するために放置した。
一方、ベシャンは別の実験を行った;すなわち、サトウキビ糖の小片を水に溶かし、これをアルカリ性の酒石酸銅で加熱しても変化が生じないことを発見した。次に、別の砂糖の小片を取り、非常に希薄な塩酸で沸点まで加熱した;苛性カリで酸を中和し、溶液をアルカリ性にした;次に銅試薬を加えて加熱した。すると、還元が起こり、沈殿物が生成した。沈殿物は最初は黄色で、次に赤くなった。酸によって砂糖は転化、つまりグルコースとレブロース(果糖の成分)の混合物に変化した。そして、青試薬の硫化第二銅(cupric copper)を還元して亜銅(cuprous copper)になった。この亜銅が赤い酸化物として沈殿したのである。
ベシャンはその後、ろ過していた液体を再び取り出した。そして、アルカリ性の酒石酸銅試薬でわずかに加熱したところ、糖に変化が生じたことを発見した。これは、酵母から水以外の何かが放出されたことを証明するものである;低温の状態でも、糖を急速に転化させる力を持つ何かが放出されたのである。
ベシャン教授はここで2つの事実を指摘している⁽²⁾。
第一に、酵母自体に含まれる成分を放出させなければ、酵母は機能しない。なぜなら、酵母を水に浸し、アルカリ性の酒石酸銅試薬を加えても、還元反応が起こらないからである。
第二に、熱は、放出する要素の活性を破壊するということである。なぜなら、砂糖を加えた少量の水と一緒に沸騰させたイーストは、その効果を発揮するために時間を置いた後でも、転化を起こさないからである;アルカリ性の酒石酸銅試薬は還元されない。
つまり、熱は酵母やあらゆる種類のカビが分泌する酵素(ferment )の活性を破壊することを彼は発見した。そして、ちょうど熱は発芽させた大麦の活性、ジアスターゼ(澱粉糖化酵素)の活性、その他の可溶性酵素(soluble ferments)の活性を破壊することを発見したのである。つまり、酵素(ferments )が液体の中で分解する能力があるということである。
ベシャンはさらに、酢酸ナトリウムが、細胞壁を通って可溶性内容物が通過するのを促進するのに、特に効果的な薬剤であることを発見した。次に彼は、乾燥イーストに酢酸ナトリウムの結晶を加えた。それを十分な量で実験した。その混合物は液体になり、それをフィルターにかけた。酢酸ナトリウム1に対しイースト10またはそれ以上で液状化するのに十分であることがわかった。
濾過した液体にアルコールを加えると、白い沈殿物が現れた。これをフィルターに集め、アルコールで洗って酢酸ナトリウムを取り除いた。アルコールを抜き取った後、沈殿物を濾紙で挟んで乾燥させ、水で吸い上げた。その結果、溶液と不溶性の残留物が生じた。この最後の残留物は凝固したアルブミン(卵白)である。アルブミンは、溶液中の酵母に由来する。今回は、アルコールの凝固作用によって不溶性になったのである。
ベシャンはこれについて次のように語っている:
「この沈殿物の溶解した部分については、アルコールを使って再び沈殿させることができる;この新たに得られた沈殿物はビール酵母に対応し、発芽させた大麦に対応するジアスターゼ(澱粉糖化酵素)、アーモンドに対応するシナプターゼ(synaptase)のようなものである;酵母の中でサトウキビ糖の転化をもたらす成分(principle )である。
その一部を水に溶かし、サトウキビ糖を加え、その溶液を40度で湯煎して数分間保てば、アルカリ性の酒石酸銅が現れることで、砂糖が転化したことが分かる。
この作用は通常の温度では非常に速いが、活性物質の量が少ないほど遅くなる;これはある種のカビで得られた反応の遅さを説明している。この時、私はこのカビを少量しか利用できなかった。これはすべて、糖の転化の原因がカビや酵母の中であらかじめ形成されていることを証明している。また、単離された活性物質は酸がない状態でも作用するので、私がそれをジアスターゼ(澱粉糖化酵素)と結びつけたことが正しかったことを示している。」⁽³⁾
ベシャン教授がこの活性物質に名前をつけたのは、これらの事実を立証した後のことだった。彼はこれを「酵素(ferment)」に対応するギリシャ語から因んでチマーゼ(zymase)と呼んだ。この言葉は当初、酵母やカビの活性物質に適用されたが、今では一般的な用語となった。その後、彼は酵母とカビのチマーゼを特にザイトチマーゼ(zythozymase)と命名した。
ベシャンが初めて公にチマーゼ(zymase )という名称を可溶性酵素に採用したのは、『組織化された発酵体による発酵に関する研究論文(A Memoir on Fermentation by Organised Ferments)』においてである。この研究論文を、1864年4月4日に科学アカデミーで彼は読み上げた⁽⁴⁾。
翌年、彼はこの課題を再開した⁽⁵⁾。彼は、動物微生物(microzoaires )や植物性微生物(microphytes)にもチマーゼ(zymases )が存在することを示した。パイエン(Payen)とペルソーズ(Persoz)が発芽させた大麦からジアスターゼ(澱粉糖化酵素)を単離したように、彼はこれらのチマーゼを単離したのである。これらのチマーゼは一般に、サトウキビ糖をグルコースやブドウ糖に素早く変換する性質を持っていることを彼は発見した。彼は花にアントロザイマ(anthrozyma )、白桑にモロザイマ(morozyma )、動物の腎臓にネフロザイマ(nephrozyma )が存在することを発見した。
最終的に翌年の1866年、ベシャン教授は、彼にとっての最高級の発見にミクロザイマ(microzyma)⁽⁶⁾という名前を与えた。この発見は、彼にとってこの問題全体を説明する基盤となるものである。それは、彼が1857年の研究論文で初期の実験を不朽のものとしたときには、まだ明らかになっていなかったものである;しかし、このことは今後の考察のために残しておかなければならない。ここでは、ベシャン教授が酵母細胞内で形成される窒素を含む物質を完全に発見し、それにチマーゼという名前をつけたのがどれほど昔のことかを示すために、その年代を記すことにする。
信用に値するところに信用を与えるという正義とは別に、単なる歴史的正確さのためには、彼自身の発見が公に彼のものであると認定されることが望ましい。 それに反して、ブリタニカ百科事典⁽⁷⁾には、ジュリアン・レベット・ベイカー(Julian Levett Baker)による発酵の項目がある:
「1897年、ブフナー(Buchner )は酵母に大きな圧力をかけ、窒素を含む物質を単離した。その物質は酵素的(enzymic)性質を持つ。よって、これにチマーゼと名づけた。」
さらに、『細菌学マニュアル(A Manual of Bacteriology)』⁽⁸⁾を取り上げる。この本は、R.タナー・ヒューレット(R. Tanner Hewlett) の著作である。これには以下のように書かれている:
「1897年まで、酵素(enzyme )は得られなかった。酵素は、この変化(アルコール発酵)を起こす;それは生きている酵母細胞が存在するときにのみ起こる。しかし、その年、ブフナーは、生きている酵母細胞を粉砕することによって、分泌液を得た。その分泌液はアルコールと炭酸の生成とともにブドウ糖を分解した。このチマーゼが酵母のアルコール酵素であるとブフナーは主張した。」
それだけでなく、フランクランド教授夫妻は著書『パストゥール(Pasteur)』⁽⁹⁾の中で、パストゥールの誤った見解の一部を謝罪しつつ、次のように書いている:
「今年(1897年)、E. ブフナーは、糖のアルコール発酵を引き起こす可溶性成分(soluble principle)が酵母細胞から抽出されることを発見した。この成分にチマーゼ(zymase)という名前を提案した。この重要な発見は、発酵の学説に新たな光を投げかけるものである。」
しかし、この「重要な発見」は、ここで見てきたように、アントワーヌ・ベシャンによって半世紀近く前になされたものである!確かにパストゥールは、ベシャンがミッチェルリッヒ(Mitscherlich)から自分のアイデアを盗んだと非難した。ベシャンはこれを反証できただけでなく、ドイツ人の見解に従ったのはパストゥールであり、しかもパストゥールがミッシェルリッヒを誤解していたと思われる点を指摘した⁽¹⁰⁾。
このように、ベシャンが最初の人物であることは明らかである。つまり、酵母や カビの起源が空気中に存在することだけでなく、それらが生理学的、化学的に活性化する手段についても、具体的な証拠を示したのはベシャンである。彼が研究を始めたとき、彼が盗用できるような研究はなかった ―― もし盗用が可能であったなら、科学史に深く精通し、誠実な研究者であったベシャンは、自分の研究に先立つあらゆる観察を一歩一歩たどっていったことだろう。
残念なことに、盗作者たちの餌食になったのは彼である。悲しいことに、その最たる輩が、彼の研究を台無しにしようとした人物である。そしてそれは、世界的に有名な名前を持つパストゥールである!
ここで一旦立ち止まって、パストゥールの歩みと、パストゥールが信用を獲得した過程を記録しておきたい。その過程において、ベシャンが大気から侵入してきた群れを大発見したのである ― つまり、発酵させる力を持つ微小有機体を発見したのである。
脚注